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2017.07.24 Monday

不世出のパイオニア・レーサー 鮒子田寛の半世紀

 

Motor Press(モータープレス)
極個人的な自動車偏愛日記

 


こんにちは。

ご無沙汰してすいません……

 

さて土曜日は名古屋のアウト ガレリア"ルーチェ"で開幕した

『不世出のパイオニア・レーサー 鮒子田寛の半世紀』のオープニング・パーティーへお邪魔。

 

 

主役はもちろん、鮒子田寛さん。

鮒子田さんといえば1965年のデビュー以来、国内数々のビッグレースで活躍する一方、

日本人として初めて北米F-A選手権、Can-AM、Trans-Amシリーズに挑戦、

さらに初めてル・マン24時間、F1GPへ挑戦するなど、数多くの足跡を残した人物。

そしてレーサー引退後もチーム監督、代表として活動、

2003年のル・マンでチーム・ベントレーが優勝した時の立役者のひとりとしても有名なレジェンドです。

 

このモータープレスにも何度もご登場いただいておりますが、

実は個人的に某出版社を辞めたときに、すぐに連絡をいただき、

以来、本当に色々とお世話になっている大恩人でもあります。

 

※写真はクリックで拡大します

 

会場にはトヨタ博物館の所有するトヨタ2000GTトライアルカー(再現車)、トヨタ7(474S)を筆頭に

3リッター7(415S レプリカ)、童夢S102.5、さらに1994年の東京オートサロンに展示された

トムスGB製のトムス・エンジェル(設計はロータス79のデザイナーのひとり、マーティン・オグルビー!)と

鮒子田さんに所縁のあるクルマたちが集結。

 

 

またお馴染みの”鮒子田”グラフィックの入ったヘルメットやレーシングスーツなどの

メモラビリアも多数展示。

 

 

 

「僕は徹ちゃんみたいにモノを取って置いてないよ」とよく仰ってましたが

なんのなんの、トロフィーから表彰状(船橋のゴールデンビーチトロフィーの表彰状は必見)から

非常に資料性の高いお宝が多数展示されています。

これだけのモノが公に公開されるのは今回が初めてのことです。

 

 

中には1972年の富士グラン・チャンピオン・シリーズのチャンピオン認定証も!

 

 

そして会場には岡田邦雄さんの手による、鮒子田寛ストーリー(これも必読。初めて知る話多数!)のほか

貴重な写真の数々を展示。単なるレースやマシンの写真だけでなく、様々なオフショットが満載なので

当時のレース界の雰囲気を知る上でも、とっても参考になるものばかり。

 

 

これらの展示の企画から全てを手がけるアウト ガレリア"ルーチェ"の

平松正光ディレクターと談笑する鮒子田さん。

まずはダンボール20箱分の資料を整理、分類することから始まったそうですが

ここまでの規模で鮒子田さんのレース史が体系的に整理されたことは、非常に意義深いことだと思います。

 

 

「パイオニアは僕じゃなく、生沢徹のことだと思っていますが……」と挨拶する鮒子田さん。

とはいえ、トヨタ・ワークスのエースという地位を捨て、単身アメリカに乗り込んでいった

パイオニア(アメリカ進出のきっかけを作ったのが金古真彦さんだったというのも、初めて知りました)

というのは、紛れもない事実。

 

「外貨持ち出し制限があったうえ、1ドル=360円だった当時、

 海外に制限以上の金額を持ち出すためには、いちいち日銀までいかなければいけなかった……」

という、鮒子田さんの挑戦がなければ、その後の日本人によるアメリカン・レースへの

参戦という道筋(佐藤琢磨インディ制覇もその延長線上ですからね)は

違ったものになっていたかもしれません。

 

なんてったって、1972年には日本人初のインディ500出場まで、あと一歩……

というところにまで迫っていた(初耳!)というのですから。

 

また鮒子田さんの、長年にわたる海外での経験、人脈が童夢、トムス、RTNなどを通じて

レース界にもたらした多くの”実り”も、忘れることはできません。

 

 

今回のオープニング・パーティーで乾杯の挨拶をされたのが盟友というべき、林みのるさん。

 

写真提供:鮒子田寛

 

同志社中学の「ラジオ部」で同級生同士、意気投合し……

 

写真提供:鮒子田寛

 

14歳のときに鮒子田さんが家から持ち出したスーパーカブで、モータリングに目覚め

その後、興味は4輪へと移り……

 

写真提供:鮒子田寛

 

ひとりはレーシングドライバーを目指し、ひとりはレーシングカーデザイナーを目指し

それぞれがその世界で大成し、世界に羽ばたいていく。

そしてまた同じ志でル・マンを目指す……。

 

まるで出来すぎた映画のような話のようですが、もしこの二人が出会わずに

人生の”化学変化”が起きなければ、日本のモータースポーツ界は今より、10年も、20年も遅れていたかもしれない。

そして初めてレースを初めてから半世紀以上が過ぎ、こうして笑顔で過去を語り合えるというのが

ものすごく尊く、羨ましいことに感じた名古屋での週末でした。

 

そして鮒子田さん、林さんに長らく色々なお話を伺ってきた中で、ひとつ共通して言えるのは

自分のやりたいこと、目指すものに対し、まったく物怖じせずに挑み続けるチャレンジ精神。

そして、不可能を可能にするバイタリティの強さです。

(もちろん、類稀な才能がある……というのは前提ではありますが)

 

 

 

その一端を垣間見るために、ぜひ9月18日までの会期中に、会場へ足をお運びください。

 

ではでは。

 

 

 

 

 

 

 

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