<< ESSO RACING STORY 第5回 | main | 映画 グラン・プリ >>
2011.01.22 Saturday

櫻井眞一郎さんの想い出

 Motor Press(モータープレス)
極個人的な自動車偏愛日記



すでに新聞発表などでご存知の方も多いと思いますが
さる1月17日に歴代スカイラインや、R38系レーシングカーの生みの親ともいえる
櫻井眞一郎さんがお亡くなりになりました。

正直に告白すると、スカイラインになぜか
食指が動かなかないという個人的な嗜好の問題で、
カー・マガジン在籍中に、取材対象として積極的に取り上げることをしてきませんでした。
唯一の例外は、2006年に発売した336号のGT-R特集。
その巻頭特集を作るにあたり、やはり張本人の声を聞かなくてはと思い
横浜港北区にあるエス・アンド・エス・エンジニアリングを訪ねたのでした。

カー・マガジン336号(ネコ・パブリッシング刊)

その当時、すでにお体を悪くされていたこともあって
櫻井さんの体調のいい日を選んでインタビューに答えていただいたのですが
もう何度も聞かれたGT-R誕生秘話ということもあってか、
櫻井さんから、何か新しい話を伺うことはできませんでした。

うーん、もうノスタルジックヒーローなんかで
散々掘り起こされている以上どうしようもないか……と諦めて
取材時間が終わる前に、僕は最後の締めのつもりで
櫻井さんにこう尋ねました。

「やはりいち自動車人として、GT-Rを作ってよかったと思いますか?」と。

「ええ、そう思います」と、ありきたりの答えを想像していた僕に対し
櫻井さんはうつむいて暫く考え込んだあとで、こう切り出したのです。

「……いや、……よくなかったろうな……」

それは僕にとって、とても衝撃的な一言でした。

「GT-Rを作って、それを見た後輩連中が、
 走ることだけにうつつを抜かすようになって
  “勝てば良いんだ!”っていうクルマにスカイラインがなっちゃった。
 俺がそういう道を作ってしまったんだって後悔はありますよ。
 買って、乗ってくれるお客さんに、普段履いている履物だけれど、
 駆けようと思ったら、すごく楽に駆けられる履物だとか、疲れないだとか、
 そういうクルマをもっと追求していかなければ、と思っていたのに、
 いつの間にか駆けっこだけ速いというものを求めるクルマに
 スカイラインがなっちゃったって寂しさはありますよね。
 そういうことを言うと、GT-Rなんか作らなきゃよかった。
 レースなんかやらなきゃ良かったって思うことがありますよ。
 だから、今でも新型ができるたびに、僕のところへ日産の担当者が
 一応見せに来てはくれますが、僕はあれをスカイラインだって思ったことはないです」

櫻井さんは静かに、それでいて絞り出すように、そんな事を話してくれました。

もちろん、R38シリーズや、スカGがなければ、いちエンジニアである
櫻井さんがここまでカリスマ的にスポットを浴びることはなかったでしょう。
でも、個人的に“勝負のためにはなりふり構わず”というスタンスだと
思い込んでいた櫻井さんが、一方ではそう思っていたんだということを聞いて
とても複雑な心境になったのを覚えています。

ある意味、僕の短い編集者生活の中でも記憶に残るインタビューでありました。

取材のあと、櫻井さんはオフィスのロッカーの中に
大切に保管されているR38シリーズを開発した当時の
膨大な資料(R381のギアや速度などを細かく記入した富士のコース図や
R380の強度計算書など)や写真の一部を見せてくれました。

それを1枚1枚めくりながら
「まぁ、僕以外はこれ見ても何を書いてあるんだかわからないでしょうね。
 でもそれで良いんだって思ってるんですよ」
と言って、懐かしそうに眺めていらっしゃったのを覚えています。

結局それが最初で最後の取材になってしまいましたが
あの時の櫻井さんの言葉が、本心だったのかどうか?
それは今でもわかりません。

偉大なる自動車人のご冥福をお祈りします。















コメント
桜井さんの言葉

>「……いや、……よくなかったろうな……」
>GT−Rなんか作らなきゃよかった。
>レースなんかやらなきゃ良かったって思うことがありますよ。

何とも感慨深いお言葉に胸の中の何かがキュンとなります。
僕にとって「桜井眞一郎」さんは、最後の最後まで「PRINCE」のプライドを貫いた方だと思います!!

安らかに! ご冥福をお祈り申し上げます。
  • BT16A
  • 2011.01.22 Saturday 14:17
昨日深夜
櫻井さんの会社の前で・・・黙祷
ご冥福をお祈り申し上げます
BT16Aさん
日本では数少ない、顔の見える設計者のおひとりでした。
もっと話を聞いておけば良かったと、後悔しきりです。
  • 藤原
  • 2011.01.24 Monday 00:52
南口さん
ご無沙汰してます。
改めて櫻井さんの偉大さを感じますね。はい。
  • 藤原
  • 2011.01.24 Monday 00:59
 はじめまして。あの記事は私も興味深く拝読させていただいたもので、思わずコメントしたいと考え、投稿することに致しました。
 「かけっこに勝てればそれで良いスカイラインは嫌だ」というのは、櫻井さんの紛れも無い本音であったように思います。氏の大きな業績の一つが『メインテナンスフリーの実現』であったことなどまさに証拠ではないでしょうか。
 しかしその考えは、後輩の伊藤修令さんがスカイライン開発を引き継いだ時すでにファンの願い「かけっこに勝てないスカイラインなど無意味だ」と乖離してしまっており、そのことをR31へのバッシングを通じて思い知らされた伊藤さんが作り上げたのがR32GT−Rだったのだと思います。
 そうなると、自らの手でスカイラインを自分の理想とは異なるシロモノに仕立てるはめに陥らずに開発現場を離れることが出来たのは、櫻井さんにとっては幸運だったのではないか、と皮肉な想像をしてしまうのですが‥‥。
  • 通りがかりの自動車ファン
  • 2011.01.24 Monday 03:06
通りがかりの自動車ファンさん
そうですね。自分の理想を具現化できるのが醍醐味な一方、
ただ自分の理想だけ追いかけるわけにもいかない。
好むと好まざるとに関わらず、周りの期待にも応えなければいけない。
それって、たぶんどの仕事にも共通するジレンマかもしれないですね。
  • 藤原
  • 2011.01.24 Monday 10:13
どうして、現在のスカイラインはあんな風に…
本当はS54やR32ぐらいのボディサイズで…
いや、できればC210「ジャパン」にラインナップ
されていたTIというグレードの車が
一番スカイラインらしいスカイライン、だったと
感じるのは私だけでしょうか…。

櫻井さんが大好きで櫻井さんに関する記事が掲載される
雑誌のほとんどを購入していました。
カーマガジン、私もあの記事を立ち読みし、すぐにレジに
走り購入した、宝物の中の一冊です。

S&Sエンジニアリングに「ただ、会いたい」一心で
お邪魔させていただいたのは、16年前。
いただいたサイン、お名刺、最高の宝物…
最高の思い出。

今はただ、ただ一言「ありがとう」
本当にありがとう、櫻井さん。

藤原様、長々とお邪魔しました。
なにかをお伝えさせていただきたい、
それだけでした。
ありがとうございました。本当に
あの記事、良かったです。
櫻井さんらしいなあ…、と思います。
  • ユヨン
  • 2011.01.25 Tuesday 19:52
ユヨンさん
こんばんは。尾崎さんの備忘録にもありましたが
櫻井さんってとてもピュアなエンジニアだと思うんです。
それでいて、とてもクルマを愛していたと。
じゃなかったら、自分の代表作を 作るんじゃなかった
なんて言えませんよ。そういう意味で、偉大だと改めて思う次第です。
  • 藤原
  • 2011.01.25 Tuesday 22:21
エロワラさんお疲れ様です。
ワタクシの"スカイライン"体験はただ一つ親類が乗っていた
"ハコスカバン"のみ近所に"ケンメリ4ドア"の"リアドア"を
"パテ埋め加工"した通称"ヨンメリ"があった記憶があります。
確か"ケンメリ"のカタログに櫻井さんの"ケンメリ開発"のエピソードが
書かれていたと思います。
  • 特・名機某
  • 2011.03.04 Friday 18:52
特・名機某さん
いま、モータープレスの検索ワードの上位のひとつが
『櫻井眞一郎』という事実からもわかりますが
やはり偉大なエンジニアだったのですね。
それとともに、とてもポエジーなエンジニアでもありました。
クルマを開発する前には、必ず開発陣がイメージを共有できる
物語をしたためて、配ったなんて仰ってました。
  • 藤原
  • 2011.03.04 Friday 21:35
コメントする








 
この記事のトラックバックURL
トラックバック
Calendar
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< January 2019 >>
Selected Entries
Categories
Archives
Recent Comment
Recent Trackback
Links
Profile
Search this site.
Others
Mobile
qrcode
Powered by
30days Album
無料ブログ作成サービス JUGEM