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2011.02.17 Thursday

ESSO RACING TEAM STORY 第16回

 
Motor Press(モータープレス)
極個人的な自動車偏愛日記



【もうひとつのレース活動】

前回、エッソ宣伝課(当時)の西尾直毅さんの
インタビューの中でお届けしたように、ESSO RACING TEAMには
通常のレース活動以外に、もうひとつ重要な活動がありました。

それが、全国のエッソSSへのプロモーション活動です。

ティームの中でその一切を取り仕切っていたのが
マネージャーである尾崎郁夫さんでした。

「僕が当時乗ってたパブリカのラリー仕様車の後ろに
 トレーラーを引いて、そこにFJを載っけて各地のSSへ行きましたよ。
 僕の友人と、その美人の友達を二人引き連れて
 キャンペーンガールをやってもらって。
 横浜、東京、平塚、沼津、浜松、静岡……。
 確か静岡の日星石油さんなんかは積極的に協力してくださいました」

ESSO RACING TEAM エッソ レーシング ティーム
当時の尾崎さんの愛車パブリカ。このクルマにトレーラーを牽引して
開業するSSのキャンペーンに出向いたという。 写真提供:尾崎郁夫

「ちょうど若者がクルマに乗り始め、モータリゼーションが始まるという
 時期でしたからね。レーススポンサーしながら、プロモーションを上手く
 やって販促に繋げられないか? という考えで始めたものでした」

と、当時の様子を西尾さんは振り返ります。

この戦略は見事にあたり、各地で開催されたキャンペーンは盛況だったといいます。
併せて、RQで作られたウェアやステッカーなどの販促物も沢山配布されました。
今ではこのようなレースティームによるプロモーション活動は、
珍しくありませんが、日本における先駆となったのが
このESSO RACING TEAMだったのです。


ESSO RACING TEAM エッソ レーシング ティーム
72年日本GPにて。戸張さんの着ているESSO RACING TEAMの
トレーナーは、おそらく初期に作られた販促物のひとつと思われます。
(残念ながら当時の写真がありません。お持ちの方はご連絡ください)
写真提供:戸張薫



またこうした活動には、尾崎さん以外のティームのメンバーも駆り出されました。
そのなかの一人、解良喜久雄さんはこう当時を振り返ります。


「1972年頃、FLのアウグスタをマツダ・ボンゴの後ろにトレーラーに乗せて
 遠藤君(注:“恵比寿 にんにくや”のオーナー、遠藤栄行さん)
 と私の2名で富山に(地道)行かされたの覚えています。
 確かエッソの富山支店の方が現地で対応して貰いました。
 夏の祭りの時でお城のお堀端で展示しました。
 当時はスリックタイヤが余り知られていないので
 観客から何で減ったタイヤを付けるのか良く質問されました、
 当然アウグスタも好奇な目で見られていました」
 
ESSO RACING TEAM エッソ レーシング ティーム
当時の解良さん。となりに立つのはレーシング・クォータリー社長の山梨信輔さん。
以前紹介した平凡パンチの記事に掲載された写真と同じ、六本木通り沿いのRQ傍で
撮影されたESSO EXTRA完成当時の広報写真である。 写真提供:解良喜久雄



尾崎さんによると、このようなプロモーション活動の一切は
すべてティームに委ねられ、ティームの判断で行われたものだといいます。

「ちゃんと写真を付けて報告書をその都度もって赤坂のTBS会館の中にあった
 エッソの本社に挨拶に行くのですが、“あ、そう” っていうような感じで
 完全に任せてもらってました。それだけ信用していただいたってことだと思います」

そういう意味でもESSO RACING TEAMの活動は、
エッソ本社内において、次第に認められる存在になっていきました。
もちろん、その裏には尾崎さんを筆頭とするティームの人々の尽力が
あったことは言うまでもありません。

「今でもそうですが、スポンサーにとって何がメリットになるのか?
 何をしたら喜ばれるのか? をいつも考えていました。
 パブリシティを積極的に打ったのも
 その一貫でしたね。そのお陰で専門誌だけじゃなく、女性誌にも
 ティームの情報が載りましたからね」

こうしたESSO RACING TEAMの成功を受け、この後
日本のプライベート・レースシーンにも大手広告代理店が
積極的に参入するようになります。

「電通がミノルタ(酒井レーシング)でしたね。
 ESSOのあとフシダ・レーサーズのマネージャーをやっている時に
 某代理店が来ましたが、ティームにお金を使わせるだけで結局なんのスポンサーも
 持ってきませんでした。当時のオンワードだって、鮒子田さん自身が
 獲得してきたスポンサーでしたからね」

そう、まさにESSO RACING TEAMが活動を始めたこの時期は
様々な面において日本のモータースポーツの世界が
転換を図ろうとしていた時代でもあったのです。

(つづく)


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※過去の記事

ESSO RACING TEAM STORY プロローグ1
ESSO RACING TEAM STORY プロローグ2
ESSO RACING TEAM STORY 第1回
ESSO RACING TEAM STORY 第2回
ESSO RACING TEAM STORY 第3回
ESSO RACING TEAM STORY 第3回補足
ESSO RACING TEAM STORY 第4回
ESSO RACING TEAM STORY 第5回
ESSO RACING TEAM STORY 第6回
ESSO RACING TEAM STORY 第7回
ESSO RACING TEAM STORY 第8回
ESSO RACING TEAM STORY 第9回
ESSO RACING TEAM STORY 第10回
ESSO RACING TEAM STORY 第11回
ESSO RACING TEAM STORY 第12回
ESSO RACING TEAM STORY 第13回
ESSO RACING TEAM STORY 第14回
ESSO RACING TEAM STORY 第14回追記
ESSO RACING TEAM STORY 第15回



※ブログ右端のカテゴリー欄に
ESSO RACING TEAM STORY を追加しています。
過去の記事はそこからもご覧頂けます。








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