<< HTCC タケノコ ミーティングの巻 | main | 宮内エラン=古茶エランなのか? >>
2011.04.27 Wednesday

ESSO RACING TEAM STORY 第25回

 
Motor Press(モータープレス)
極個人的な自動車偏愛日記



―― ESSO RACING TEAM STORYは、1970年台の初頭に
東京・青山の片隅で、真剣にF1を夢見て集まった若者たちの情熱の物語です。



【忘れられない3つの出来事

撮影:猪口勝男

1973年6月のRQCフォーミュラチャンピオンレースで
ESSO RACING TEAMの一員としての活動をはじめた高橋晴邦さん。

この年は、TMSC-Rとしてのトヨタ・ワークスでの活動のほか、
シグマ・オートモーティブの一員として、生沢徹とともに
シグマGC73で富士GCシリーズにも参戦するという
多忙なシーズンを過ごします。

それは、必ず国産車で世界の舞台に挑戦したい! F1に行きたい!
という夢を実現するために必要なステップだったのですが
一方でこれまでのワークス時代とは違う苦労を味わう事にもなります。

「当時はね、アマチュアのドライバーがGCとかF2000に出てて、
 僕らの感覚として技術的にもアマチュアのレースという感じだった。
 ……実態は別にしてもね。
 ワークスはトヨタも日産の連中もみんなそう思っていたと思うね。
 黒澤さんが出て行ってすぐチャンピオンになっちゃうわけだから。
 確かにワークスドライバーって走る機会が多いわけ、
 アマチュアではそこまでできないから、差が出るのは当然なんだけど」

当時の心境を晴邦さんはそう振り返ります。
しかし、いざ自分がプライベート・ティームに身を置くようになると
別の一面が見えて来たと言います。

「ESSO時代で覚えてるのは3つ。
 まずは、鈴鹿の第3コーナーで突っ込んじゃったこと。
 僕はレースも練習も含めてスピンやクラッシュが
 ほとんどなかったからこれは良く覚えてる。

 確か予選を走れず、最後尾からスタートして20周くらいのレースでしたけど
 ドンドン抜いて8周くらいで5位に来ちゃった。
 で、目の前に先頭集団が見えたわけ。
 その直前のレースでは黄色いマーチに長谷見くんが乗って
 ピューッと行っちゃうから追いつけなかった。
 だけど、このレースは長谷見くんの代わりにトッペイちゃん(都平健二)だったから
 見えるわけよ、前にいるのが。失礼だけどトッペイちゃんなら
 抜けるって思って、誰かは忘れたけど前にいたクルマを
 無理矢理第3コーナーで抜こうと思って
 インを突いたら、オーバースピードでそのまま
 ガードレールに突っ込んじゃった。
(注:当時のAS誌には前車のスピンに巻き込まれたという記述もある)

 帰ってきたらオケラにホント、怒られてさ(笑)。
 “なんでまだ半分もレースが残ってるのにあんなに無理するんだって!”
 勝てるレースだったのに、と、それは覚えてる」

そう振り返るのは1973年8月11日〜12日にかけて鈴鹿サーキットで行われた
鈴鹿グレート20ドライバーズレースでのこと。

初戦のRQCフォーミュラで6位入賞、そして6月30日に行われた
’73日本オールスターレース(富士スピードウェイ)では予選3位を獲得するも
決勝では6位入賞(優勝は真田睦明 日興エージェント・べルコ)と、
イマイチ波に乗れていない事への焦りがあったのでしょうか?
このシーズン、唯一勝てるチャンスのあったレースを
晴邦さんは自らのミスで落としてしまったのです。
ちなみにこのレースの優勝は都平KE ミノルタ・マーチ。
2位入賞は、ティームメイトのエッソ・ユニフロを駆る鮒子田さんでした。



「他に覚えているのは、どのレースか忘れたけど、トップを走ってたの。
 で、あと数周で勝てるって時にストレートでバーストしたんだよ。
 その頃のBSのバイアスタイヤは開発途上でね
 小平研究所の吉田さんってエンジニアが色々とトライするのだけど
 今一信頼性がなかったね。
 完全に剥離バーストしてリタイアしちゃった。

 もうひとつは、シーズン最初の頃だと思うけど、
 レース中にパンクしたからコトコトコトコトゆっくりとね、
 ピットに走って戻ってきた。サーキットって見えないところもあるから、
 ティームが心配すると思ってね。

 なんとかピットまで戻ってきたら、オケラがいきなり僕のシートベルトの
 バックルをガチャーンと外してグーって僕を引っ張りだして、
 “なんだよー! まったく”とか怒ってるわけ。
 こっちも何怒ってんだよって言ったら、
 “もうレースに戻れないってわかってるのに、こんなに走ってきたら
 ホイールがダメになっちゃうじゃないか! もう終わりー! ”って。
 バカヤロー、俺はお前らが心配すると思って戻ってきてやったのに!
 って言ったら
 “だからワークスドライバーは嫌いなんだ!” って(笑)。
 “ホイールが1個パーになっちゃった”って怒ってるの。

 こういう時は、ワークスだとホイール云々より何とかして
 ピットまで戻るように言われていたからね。
 それがワークスとの違いなんだろうけど、当時は俺もカーッとなんてね(笑)。
 オケラと僕は同じ年だから、頭に来てしばらく口きかなかったもんな。

 鮒子田はね、性格的に温和だから、そういうことが起きても
 “オケラがまた癇癪おこした”なんて、冷静な態度なんだけど、
 僕の場合はそうじゃないから、同じように怒っちゃうわけ。
 なんだこのやろーって。それが面白い。でもお互いには
 分かり合ってるわけよ。
 仲はいいから。年が同じってこともあるかもね」

 
この年、晴邦さんがなかなか好成績を挙げられない原因には、
常勝サニーエンジンに対して非力なカローラエンジンなど、
様々な要因があったのは事実です。
しかし、晴邦さんは“そういうことは言い訳だけど”と
前置きをした上でこう続けます。

「まぁとにかくプライベーターはワークスの時とは、もう全然違ったね。
 それはシグマも同じ。1年やってみてコレじゃあル・マンには勝てないし
 F1にも行けないって痛感した。それに時同じく、
 トヨタ自動車のレース界撤退が決まり、僕もレースを辞めようと決めたんだ。

 辞めると言ったら、いろんなとこがきたよ。酒井(正)君も来たし。
 ただ日本でずっとやる気はなかったのと、仲間もいっぱい死んだしね。
 それに子供が生まれたというのもあった。
 あとオヤジと30歳までで辞めるって約束もしていたし……。

    いまこうして振り返ると、例えば鮒子田とか館とか長谷見とか、
 彼らほどクルマが好きじゃなかったのかもと思うよね。
 僕は勝負事が好きなんだけど、彼らは本当にクルマが好きだからね。
 だからパッと辞められたのかもしれない。
 ル・マンだって留学先のアメリカから合流したくらいで
 気持ち的には完全に区切りが付いていたから 
 あんまり印象に残っていないんだよね。

 こうして振り返ると僕の現役生活って74〜75年のル・マンを入れても
 たかだか10年くらいでしょ。でも後になって国さんに、
 “晴邦君ってそんなに少ししかやってなかったんだーっ、
 それにしては存在感あるなー”って言われたのは嬉しかった(笑)」

(つづく)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※過去の記事

ESSO RACING TEAM STORY プロローグ1
ESSO RACING TEAM STORY プロローグ2
ESSO RACING TEAM STORY 第1回
ESSO RACING TEAM STORY 第2回
ESSO RACING TEAM STORY 第3回
ESSO RACING TEAM STORY 第3回補足
ESSO RACING TEAM STORY 第4回
ESSO RACING TEAM STORY 第5回
ESSO RACING TEAM STORY 第6回
ESSO RACING TEAM STORY 第7回
ESSO RACING TEAM STORY 第8回
ESSO RACING TEAM STORY 第9回
ESSO RACING TEAM STORY 第10回
ESSO RACING TEAM STORY 第11回
ESSO RACING TEAM STORY 第12回
ESSO RACING TEAM STORY 第13回
ESSO RACING TEAM STORY 第14回
ESSO RACING TEAM STORY 第14回追記
ESSO RACING TEAM STORY 第15回
ESSO RACING TEAM STORY 第16回
ESSO RACING TEAM STORY 第17回
ESSO RACING TEAM STORY 第18回
ESSO RACING TEAM STORY 第19回
ESSO RACING TEAM STORY 第20回
ESSO RACING TEAM STORY 第21回
ESSO RACING TEAM STORY 第22回
ESSO RACING TEAM STORY 第23回
ESSO RACING TEAM STORY 第24回

※ブログ右端のカテゴリー欄に
ESSO RACING TEAM STORY を追加しています。
過去の記事はそこからもご覧頂けます。


※モータープレスでは、ESSO RACING TEAMはもとより
往時のレースシーンにまつわる皆様からの情報をお待ちしております。
コメント欄に載せたくないもの、または画像を添付したい
といった情報については、今後 

motorpress.jp@gmail.com

まで、メールにてお寄せください。
基本的に受信専用のアドレスのため早急なお返事ができない
可能性もありますが、どうぞよろしくお願いします。
 







コメント
こんにちは。最初の写真の左上の方に、ダブルバンパーのVWビートルがチラリと見えてます。僕はそんなところに反応しちゃいました。笑。
  • 小池
  • 2011.04.27 Wednesday 18:22
小池さん
そう! その食いつき待ってました(笑)。そのうち誰の車か判明したりして!
  • 藤原
  • 2011.04.27 Wednesday 21:18
コメントする








 
この記事のトラックバックURL
トラックバック
Calendar
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< October 2020 >>
Selected Entries
Categories
Archives
Recent Comment
Recent Trackback
Links
Profile
Search this site.
Others
Mobile
qrcode
Powered by
30days Album
無料ブログ作成サービス JUGEM