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2011.05.20 Friday

野口祐子 From Italy―”L’INGEGNER FORGHIERI”

 

Motor Press(モータープレス)
極個人的な自動車偏愛日記


イタリア在住のジャーナリスト、野口祐子さんのイタリア便り。
昨日に続く2回目は、BUGATTI EB110を手がけたあの人の
素晴らしい展覧会のリポートです。

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MODENAで行われている、”L’INGEGNER FORGHIERI”に行って来た。

マウロ・フォルギエリと言えば、フェラーリには欠かせないエンジニア。
その後の代表作についてはLAMBORGHINI F1、BUGATTI EB110がある。

(1991年式 モデナ・ランボルギーニ291 この車もいろいろな話があって面白そうだ)

そんなイタリアの自動車文化の発展に貢献した彼の展覧会なのだ。

フォルギエリは1935年1月13日、モデナに生まれた。
1959年にボローニャ大学を卒業後、FERRARIに入社。

(1961年モナコGP フェラーリ156“シャークノーズ”)

その僅か3年後の1962年、彼はレース部門の責任者になる
(1962年のフェラーリ取締役の人達の反逆事件は皆さんご存じでしょう)。
1987年〜1991年はLAMBORGHINIエンジニアリング勤務。 
その間LAMBORGHINI F1を指揮。
その後、1993年にBUGATTIテクニカル部門責任者に就任(〜1994年)。
現在は、ORAL ENGINEERINGで、プロジェクト、リサーチ、開発などを行っている。


何と彼の父親RECLUSは、1945年以降のFERRARIレース部門のチーフメカニックだった! とのことで小さい頃から家の中では車の話ばかり飛び交っていたらしい……。

そんなあまり知られていないマウロ・フォルギエリの展覧会が
開かれているのは6月12日まで。
この間、イタリアにいらっしゃる予定の方、是非、モデナまで足を延ばして下さい!

ではフォルギエリにまつわる多くのモノが展示されている様子をご覧ください。


1964年モナコGPのポスター。


1972年フェラーリ312B3"Spazzaneve"

除雪車という有り難くないニックネームを付けられたこの車は
1972年のイタリアGP前後のテストにジャッキー・イクスとともに登場。
しかしそのままお蔵入りに。マニアには人気の高い、幻のフェラーリ。


1979年に使用されたジョディ・シェクターのヘルメットとスーツ。
この年にシェクターは念願のワールドチャンピオンに輝く。


その1979年、シェクターがジル・ヴィルヌーブとともにドライブし
フェラーリにドライバーズ、コンストラクターズのWタイトルを
もたらしたのが、この312T4だ。


1981年のモナコGPでジル・ヴィルヌーブがフェラーリ126CKで
優勝したのを記念に作られたFERODOのポスター。珍しい。


そして1982年――ジル・ヴィルヌーブが使用していたGPA製ヘルメットとグローブ。
フェラーリのエースに登り詰めた彼は、同僚ディディエ・ピローニとの確執の末
この年のベルギー・ゾルダーで帰らぬ人に……。


ヴィルヌーブ亡き後、フェラーリに加入したフランス人
パトリック・タンベイが1983年に使用していたヘルメット。


これは1988年、ターボF1最後のレースとなったオーストラリア・アデレードで
エンツォが愛した最後のドライバー、ミケーレ・アルボレートが使用していた
JEB'S製のヘルメット。マシーンはフェラーリF187/88C。

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Viale Corassori 110 Modena
月〜金  15:00 ― 19:00
土日   10:00 ― 13:00/15:00 ― 19:00
入場料  5ユーロ
www.modenaterradimotori.com
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では。








コメント
これはそそられますねぇー。 どこかで展覧会が始まる際のレセプションのニュースをみましたが、なかなかな展示。行きたくなってしまいました。
  • marque
  • 2011.05.20 Friday 12:11
marqueさん
祐子さんからは、ついでに載せて〜的なノリで送られてきたネタだったんですが、あまりのスゴさに仰け反った次第。行きたくなりますよね! ジルのヘルメットを拝むだけでも!
  • 藤原
  • 2011.05.20 Friday 12:16
野口さん 藤原さん

4枚目の写真に写っている、半分カバーを被っている赤い車は何ですか?
61年のシャークノーズのF1、実にイイッ。
  • Bob
  • 2011.05.20 Friday 14:07
マウロ・フォルギエッリといえば小林カメラマンの撮ったタルガフローリオでランチアを駆る彼の写真がうちの玄関に飾ってあります。
ついでにこのタンベイののヘルメットカラー、いまMalloryさんのヘルメットに受け継がれています。
  • エスロクレーサー
  • 2011.05.21 Saturday 09:44
Bobさん
こんにちは。
良ーく見ると、ルーフ部分がないし、ウインドーも低いですよね。
250/275LMではなく、250/275Pじゃないかなーと思ったりして。
どうでしょう?
  • 藤原
  • 2011.05.21 Saturday 10:03
エスロクレーサーさん
意外な接点! その写真見たいですねー。
しかもMalloryさんのヘルメットはタンベイだったのですね!
今度パトリック! と呼んでみようかな(笑)?
  • 藤原
  • 2011.05.21 Saturday 10:05
藤原さん

なるほど、その見方正しいかも。
LMも一台一台微妙に形が異なりますから。
LM、今でも憧れの車です。
林コレクション所蔵のLMと312T(2台→内1台は函館:現在は?)は国内に生息しているのでしょうか?それとも既に海外へ?
バブル最盛期「三菱商事」が主催した"オークション”に出展されたLMの贋作は何処へ行ったんでしょうか?
F1参戦が噂されたヂュランゴ・エキップのノアレーゼに在る工場で、モデナ/ランボルギーニF1を見た事があります。
エンジンは馬鹿でかいし、シャーシーの作りも酷い物でした。
如何にもお金を掛けていないマシンでした。
フォルギエーリもさぞ辛かったでしょうネ。
  • Bob
  • 2011.05.21 Saturday 17:42
Bobさん
三菱商事のLM、アンタッチャブルなネタですね(笑)。
あの事件の10年後くらいに某所で埃まみれになってる姿を見た事があります。
  • 藤原
  • 2011.05.21 Saturday 23:50
藤原さん

あの贋作LMが日本にあったんですか。
あの頃は"アンタッチャブル”な話が山の様に有りましたネ。
当時は人事なのでアンタッチャブルな話を聞いては楽しんでいました。
あの贋作LMを”ふぐ料理店店主”が二桁の「億」で競り落としたなんて話を聞きました。
自動車を投機対象にしか考えていない人の戒めですネ。
稲城市の住宅街に在る倉庫で二台の「シュパン・ポルシェ962C」を見た事があります。
これも超アンタッチャブルな固体でしたネ。
藤原さん「アンタッチャブル・ストーリー」連載なんて如何dすか
  • Bob
  • 2011.05.22 Sunday 10:43
Bobさん
それを書いて何年かしたら、東京湾に沈んでた……なんて!?
  • 藤原
  • 2011.05.22 Sunday 14:08
Bob様
展覧会の企画をした方から返答を貰いました。
写真の赤い車は、Ferrari 275 P (1961)だそうです。
  • yuko noguchi
  • 2011.05.24 Tuesday 05:22
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