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2011.06.22 Wednesday

ESSO RACING TEAM STORY 第29回

 

Motor Press(モータープレス)
極個人的な自動車偏愛日記



―― ESSO RACING TEAM STORYは、1970年台の初頭に
東京・青山の片隅で、真剣にF1を夢見て集まった若者たちの情熱の物語です。



【幻のアウグスタMk2

今回のESSO RACING TEAM STORYは、ちょっと時計の針を前に戻して
ESSO設立以前のRQ(レーシング・クォータリー)時代のお話をお届けしましょう。

先々週のこと。今年1月にお台場で行われたJCCAニューイヤーミーティングで
N-Z Racing Sports Clubの染谷代表から
「いまならアウグスタMk2のフレームがあるけれど見に来ませんか?」
というお誘いを頂いたのです。

そこで対面したのがコレ。


染谷さんによると、その昔埼玉県のお寺! に
長らく保管されていたものを譲ってもらったものなのだそう。
この後愛知のオーナーの方に引き取られレストアが行われる予定だそうです。


角型のパイプで組まれたシャシーは、のちのMk3と比べても比較的シンプルな構成。


このフロントに、燃料タンクが取り付けられていたのですが(下写真参照)、
染谷さんによると、どうやら燃料タンク自体が、
カウルのステーの役目も果たしていたようです。



また、ちょっと頼りないロールバーは、一体ではなく
頭頂部中央でパイプを溶接&整形した跡が見受けられました。

そして、このフレームの写真を見たBob日高さんから、以下のような
メールをいただきました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

アウグスタの個体が生息しているんですね。
レストアが済んだら実車を見たいものです。
 
1967年、船橋サーキットで開催された「RQCミニカー・トライアル」に始まって、
FL500が消滅した70 年代終わり迄に登場した全てのFL360とFL500を一同に揃えたら、
当時のコンストラクター達が如何に情熱に燃えてマシンを製作していたかが判る筈です。
「何も知らない」「何も解らない」「何も無い」
「大体、フォーミュラなんか見た事も無い」……当時の人達は皆
"無いものづくし” でフォーミュラカーを造り始めたんです。
 
渋谷のRQガレージで、解良さんがアウグスタのフレームを組んでいる
光景を今でもはっきり覚えています。
既に遠藤さんはRQを辞めて、新しいメカニック(お名前を失念)が
解良さんの助手を務めていました。
当時の ”常識” とは、「シームレス丸型断面鋼管」を低温蝋付け溶接して
スペースフレームを組み上げる事でした。
"チャンネル(角型断面鋼管)"は、故・鴻池さんが先鞭を切って
FL500に採用したのではなかったでしょうか。

薄らいだ記憶の中では、1969年か1970年の「鈴鹿シルバーカップ」
第1戦に登場したマシンがそうだったと思います。
在りし日の鴻池さんが、それは目を輝かせて(確か彼は河内弁を話していました)
「エェ車やろ」と自慢げに話していました。
チャンネルは丸型鋼管と比較すると溶接加工が容易な反面、
強度が落ちるの欠点がありました。
そこで、アルミパネルをチャンネルにリベットで固定して
ストレスを分散する手法が採られました。
やがて、アルミ・ツイン・モノコックが主流に成る迄の過渡期、
チャンネルとアルミ・スキンの組み合わせが盛んに採用されました。
 
渋谷のRQガレージで戸張君のアグスタが完成した時、
解良さんが「勉強になるから一度コックピットに座ってみろよ」と誘って下さいました。
アウグスタの左側から、先ず右足をコックピットの中に入れ、
次いで左足を床から持ち上げた途端、”ゴトン”と云う鈍い音がしたんです。
すると「ダメダァァァ!!! ノーズが地面にクッツィチャッタ」と解良さんの叫び声が。
戸張君の体重は確か60kg以下、それに対し当時の私の体重は100kgを超えていたんです。
その時、私はフォーミュラカーに乗る事を永久に諦めました。

以後、私は自分のローラT89/50、ローラT90/50、レイナード90D、
ラルトRT34、ダラーラ389の何れにも、唯の一度もコックピットに
座る事は在りませんでした。
但し、私の会社の税理士さんが購入したレイナード913
(ex ジル・ド・フェラン/1991年ブリティッシュF3チャンプカー)
のコックピットには、何度か座りました。
現在67kgに迄体重が減った私なら、アウグスタMk2にも乗れるかも知れません。
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


戸張さんが1971年シーズンに乗ったアウグスタMk2の製作過程の裏側には
そんな裏話があったのですね。それにしても、日高さんの記憶力には驚かされるばかり。

残念ながら、当時のアウグスタにはフレームナンバーやシャシープレートの類いはなく
今残るクルマが、ex戸張車なのか? ex高原敬武車なのか? 
それとも鮒子田さんや、米山さんがドライブしたex RQワークスカーなのか
それとも、また別の個体なのかは判然としません。

ただ、染谷さんの証言では、引き上げてきたときのカウルのカラーが
赤ではなくオレンジ色だったとのことですから、
1971年のオートスポーツ・トロフィ第5戦で風戸裕もドライブした
ex RQワークスカーである可能性もあると思います。


いずれにしろ、このアウグスタMk2が復活し、Mk3ともども
我々の目の前に再び姿を見せてくれることを願わずにはいられません。
染谷さん、貴重な物をみせていただき、ありがとうございました。

次回のESSO RACING TEAM STORYは、このMk2でフォーミュラ・デビューを
果たした、あの大物レーサーにご登場いただく予定です。
(つづく)





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