<< ESSO RACING TEAM STORY 第29回 | main | Javel ― Citroën >>
2011.06.23 Thursday

ESSO RACING TEAM STORY 第30回

 


Motor Press(モータープレス)
極個人的な自動車偏愛日記



―― ESSO RACING TEAM STORYは、1970年台の初頭に
東京・青山の片隅で、真剣にF1を夢見て集まった若者たちの情熱の物語です。



【幻のアウグスタMk2 つづき

昨日お届けしたアウグスタMk2のお話。
色々反響をいただきありがとうございます。

そんな中、情報を提供していただいたN-Z Racing Sports Club
染谷代表から、アウグスタMk2のノーズに搭載されていた
燃料タンクの写真が送られてきました。


昨日ご紹介した、戸張号の写真にもありましたが
ノーズの形に合わせた特徴的なスタイルのタンクになっています。


リアから。


これは裏面。

AUTO SPORT (三栄書房刊)より

当時のAS誌に載っていたアウグスタMk2の透視図を見ると、その構造が良くわかります。
ノーズに搭載した燃料タンクの安全性はもちろんですが、
こんな部分にレース中に内容量が変わってしまう燃料タンクを積んで
操縦性が変わってしまったりはしなかったのでしょうか?
(つづく)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【イベントのお知らせ】

このモータープレスでもお馴染み、テクニカルイラストレーターの大御所
大内誠さんが中心となって、10月8日(土曜日)千葉県茂原ツインサーキットで
『リバイバル・モータリング・ジャパン in 茂原』というイベントが開催されます。

これは今から30数年前に、筑波サーキットで開催された 
「クラシックカー・フェスティバル」に倣った新しいヒストリックカーイベントで
本格的なレース形式ではなく、車格にもこだわらない
「誰でも気楽に、楽し く参加できるイベントを再現したい」という主旨のもと
開催されるものです。
詳細は上記のインフォメーション、もしくは公式ブログをご参照になってください。











コメント
藤原 さん
燃料タンクが車両最先端に搭載されていただなんて、現在のレーシングカーの常識では絶対に考えられない事です。
然し、60年代に国内のサーキットを走っていたフォーミュラカー(国産とイギリス製フォーミュラカー)はどれも似たり拠ったりでした。
然し、解良さんはジュラルミンの平板を成型して、蝋付け溶接で燃料タンク造る作業には、さぞご苦労があった事と思います。
60年代〜70年代初め、軽量化の為にFRP製燃料タンクを搭載していた車がありました。
然も、ワークスカーです。
追突されてFRP製燃料タンクが壊れて、飛び散った大量のガソリンに引火して、ドライバーが焼死した痛ましい事故が何度も起きました。
サーキットを走る全てのレーシングカーに「安全燃料タンク」の搭載が義務付けられたのは、JAF国内競技車両規則では1973年からだったと思います。
FIA国際スポーツ法典 附則J項では、1970年か1971年から「安全燃料タンク」が義務付けれられたと思います。
因みに、1963年インディ500で起こった多重衝突事故で火災が発生し複数のドライバーが焼死しました。
インディ・シリーズを統括していたUSACは、米軍のヘリコプターに搭載されている「安全燃料タンク」の規定を基に、インディ・マシン用「安全燃料タンク」の諸規則を制定し1964年から施行されました。
  • Bob
  • 2011.06.23 Thursday 14:51
Bobさん
安全タンクの義務化は国内では73年だったのですか。たしかF1でもシートベルトの義務化って結構遅いんですよね。それもこれも尊い犠牲があってこそ……なんですね。勉強になります。
  • 藤原
  • 2011.06.23 Thursday 22:13
こんばんわ ESSO RACING TEAM STORY 第8回で コメントさせて戴いた charlie です
前回 風戸 裕氏がドライブしたマシンを「ノバ MK−供廚班週してしまいましたが 「アウグスタ」が正解でしたね!
子供時代の記憶でしたから 曖昧でした すいません!

「フロントノーズ」で思い出したのでコメントさせて下さい
ESSO RACING 関係ではないのですが ベルコ96A では燃料タンクがバケットシートとバルクヘッドの間に存在したと記憶していますすが その代りにFノーズ内にはウォータータンクが存在しました!!
 と申しましても 初めから存在したわけではなく 空冷のヨシムラエンジンがレース後半に「熱ダレ」するために バルクヘッドにウィンドウォッシャーを取り付けて ゴール手前の2〜3周回 「水を噴霧」してパワーダウンを防止したわけです
その「セミ水冷タンク」に水を補給するのが 小学生メカニック?である私の唯一の「仕事」でした

見栄張りな父親は当時 「俺のアイデアだ!!」と申しておりましたが 多分 眉唾だとおもいます

翌年 スズキエンジンが勢力を拡大してからはヨシムラ指導でオイルクーラーを装着し 私は「失業」する憂目をみたのです・・・

関係のない また ミニマムなお話で恐縮ですが 今では良い思い出です

これからも貴重で興味深い記事を楽しみにしております
  • charlie
  • 2011.06.28 Tuesday 23:44
charlie さん 藤原 さん

charlieさんのお父様はYSさんですネ。
「水の噴霧」に依る冷却は、60年代後半から、NAC(日本オートクラブ)主催のストックカーレースに出場する車両の一部に採用されていました。
やはりウィンドーウォッシャーのコンポーネンツを活用して、ラジエーター、オイルクーラー、そしてブレーキに水を噴射して温度を下げる手法が採られました。
特に、真夏の筑波サーキットのレースでは威力を発揮しました。
charlieさんのお父様のベルコ96Aは、上位入賞車の常連だったので、当時の車検記録や、レース終了後の再車検記録が全て残っています。然し、その様な装置がついていたと云う記憶が有りません。
何せ、大昔の話ですから。
お父様に宜しくお伝え下さい。
  • Bob
  • 2011.06.29 Wednesday 19:20
charlieさん
ご無沙汰ぶりです。やはり当時を知る皆さんの証言に勝るものなし! ですね。
水噴射はその後、ランチア037ラリーの時代になっても使われていた古典的なチューニング? ですよね。
面白いお話ありがとうございました!

そしてBobさん。
さすが。こっちはこっちで車検やってた当事者の証言。スゴい!
  • 藤原
  • 2011.06.29 Wednesday 19:44
Bobさん初めまして! と言っても当時パドックでお会いしているはずですが・・・
コメント通りにセミ水冷は筑波サーキットのみの仕様でした やはりFiscoは平均気温が低かったのでしょうね!
親父はドライバーのYS氏ではなくエントラントをしていたKのほうです  ^^
今でもRQCあっての我がチームだと感謝しております

因みにチームのNO2ドライバーはミニツーリングカークラスにエントリーしており 現在のエノモトレーシングガレージのオーナーの榎本氏でした
氏はたたき上げですが今も夢を追い続けており尊敬しております
これからも興味深いお話を楽しみにしております

PS:藤原さんのサイト内で第三者とのコメントのやりとりを平にご容赦ください
  • charlie
  • 2011.07.01 Friday 00:15
charlieさん
ドンドンやってください!
ここでの出会いが新たな化学反応を生む可能性もあるので! 歓迎です!
  • 藤原
  • 2011.07.02 Saturday 12:31
コメントする








 
この記事のトラックバックURL
トラックバック
Calendar
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< May 2020 >>
Selected Entries
Categories
Archives
Recent Comment
Recent Trackback
Links
Profile
Search this site.
Others
Mobile
qrcode
Powered by
30days Album
無料ブログ作成サービス JUGEM