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2011.07.20 Wednesday

スーパーカー・ショウにやってきたレーシングカー by田中むねよし

 



Motor Press(モータープレス)
極個人的な自動車偏愛日記




先日モータープレス宛にメールをいただきました。
送り主は、あの九州在住のエンスー漫画家田中むねよし先生。
たまにコメント欄にも書き込みを頂いたりして、恐縮することしきりなのですが
なんと以下のような文面(一部略)が……

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
こんばんは〜<(_ _)>

MOTOR PRESS愛読者です。
春から「投稿したい、したい」と思っていましたが、
なかなかデータを処理できずにいます。

とりあえず、昔、街角で見かけたレーシングマシン
(マクラーレンが見つからない……)や、
西日本サーキットでの写真をスキャンしました。

ホントはコメントも同時にお送りすべきですが……
まずは写真だけお送りします。
あと、一時期ステッカーを集めていたのですが、
もし興味があれば現物を送りますんでネタにしてください。
ちょー一線級のレアものではないですが、他識者の投稿の
呼び水になればいいな、と思っています(^▽^)

それでは失礼いたします〜(^▽^)

田中むねよし拝
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数日後、ドサっと我が家に届いた荷物を開封してビックリ。
実に貴重な品々がドッサリと詰め込まれ、送られてきたのです。
むねよし先生、ありがとうございます(号泣)。

ということで、“さわり”と言ってはなんですが、
田中むねよしプレゼンツ第1弾として、
「スーパーカー・ショウにやってきたレーシングカー」
をお送りいたします。当時のむねよし少年の撮影した写真は
今となってみるとかなり貴重な物がぞろぞろ。さっそくどうぞ!

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'77年晩春の福岡スポーツセンターでの一コマ。

スーパーカーとレーシングカーが一堂に会するイベントで、目玉となったタイレル007。

星野カラーのままですね。もしやリアタイヤは'76F1inJAPANそのまま!?

おそらくマネキン氏が被っているのは真田陸明さんのグリフィンだと思われます。



これ、たしかローラですよね。ドライバーさんはわかりません……。

リアウイングにはセントラル20の文字。柳田春人さん?


(注:そうですローラT390。1975年のGC第4戦に持ち込むもクラッシュ。

 最終戦もリタイア。その後76年シーズンも開幕から第3戦まですべてリタイアに終わり、

 お蔵入りになった駄作車のひとつ。そういえば耐久にも何戦か出場していました)



藤田直広さんのシェブロンB36。しぶいですね〜。

まだフロントにオーバーフェンダーつけるのが流行っていない頃ですね。


当時はスーパーカーショウにレーシングマシンを帯同展示することって
多かったように思えます。個人的には、漫画にも描きましたが
'78年春にコジマ009にあえなかったのが心残りです(T▽T)。


どなたのマシンでしょう?すいません、わかりません……。


(注:1977年シーズンに走った速見翔のマーチ752BMW。この年の開幕BIG 2&4で
 15位、第2戦鈴鹿ダイヤモンドレースで11位というリザルトを残したのみで
 速見翔(新井鐘哲)はF2000から撤退しています。もしマキF1に乗っていたら……)


桑島正美さんのノバ522。
(注:前年までのノバ512のオイルタンクの位置を換えるなどの小変更を施したマシーンで
 基本的には512と同じ。77年シーズンより桑島正美もマーチからノバに転向。
 鈴鹿ダイヤモンドレースでの2位が最高位)


津々見友彦さんのローラT290。
(注:ex高原ローラT212で闘い続けた津々見友彦が、1976年の第3戦からスイッチした
 マシーン。エンジンはコスワースFVA+HKSターボではなく、BMW M12/6 & M12/7。
 フロントカウルをよーーーく見ると、"KONI"のロゴを消した跡が見えます)


桑島選手のマーチ74S。
(注:1977年から酒井レーシングに移籍した桑島正美のドライブしたマーチ74S。
 シーズン当初は73Sを名乗っていた記憶があるのですが終盤は74Sに……。
 途中でアップデートされたのか?)


米山次郎さんのサーティースTS15/ハートBDA

(注:1973年から日本で走り続けていたサーティースTS15。この米山車には
 レーサー解良喜久雄もドライブして出場しているはず。ちなみに当時のAS誌に
 ”エンジン付き売りたし”で掲載されていましたが、その後どうなったのでしょうか?)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

いやぁ、一発目から濃い(シーズン前後の”気の抜けた”状態は実に貴重。
特に76〜77年過渡期のティレル007を捉えたカットは秀逸!)内容でしたが
これはほんの序の口。田中むねよしコレクション、恐るべしです。

この続編はまた機会を改めて。
ではでは!







コメント
懐かしいマシン達ですね。まさに私がよく見に行っていた頃のクルマたちです。
Tyrrell 007は1976年のFISCOを走った後にこんなことをしていたのですね。でも1977年にも高橋国光選手のドライブで出走していますのでほんの短期間だったのでしょうか?
柳田選手のローラは1976年の富士インターで見ていますが真っ白なカラーリングでした。
こんばんは、田中むねよしです。

藤原様<すいません、いきなりなんやかやとお送りしてしまい。
ですが、このまま死蔵するよりは、と思い……。
ネタになるならぬはともかく、楽しんでいただければ幸いです。

あっ、紺色のJanex マーチ、速見翔さんのクルマだったのですね。
速見さんと言えば、以前「クルマ馬鹿スーパースター烈伝」でスピードショップF2の長田さんを取材した際、元FLドライバーである氏に「当時印象に残ったドライバーは?」と問うた際、速見さんの名前が出ました。「速かったなあ……彼は!」と。

lotus49fordさん、はじめまして。
ティレル007,こんなことしてました(^▽^;)
「カメラのドイ」はイベントの行われた福岡の、言うなれば「地元の名士」。
BMWのコレクターだった土居氏のエンスージアズムがノーズのロゴに繋がったのでしょうか。
この車両、数ヶ月後にはメイリツから'77年F1GPにエントリーとなるわけですが、その辺の経緯を当時チーフエンジニアを務められた舘内端さんに聞ければ、と思ったりしています。ノーズカウル変更の理由とか、興味深い逸話が聞けそうですよね。
  • 田中むねよし
  • 2011.07.21 Thursday 23:16
むねよしさん
こんばんは。お陰さまで今月最高アクセスを記録しました(拍手!)。
ありがとうございます。
そう、速見翔も悲運の天才のひとり。真田さんもそうですね。

lotus49fordさん
そうですよね、この007の画、ある意味超貴重です!
  • 藤原
  • 2011.07.21 Thursday 23:30
管理者の承認待ちコメントです。
  • -
  • 2011.07.26 Tuesday 19:04
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