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2012.03.12 Monday

3.11 石巻へ 〜 イタリアの巨匠からのメッセージ その1

 

Motor Press(モータープレス)
極個人的な自動車偏愛日記



昨日で1周年を迎えた東日本大震災。
それを受け、ミラノのジャーナリスト、野口祐子さんの呼びかけで、
ラジオ石巻に届けられた「3.11」に想いを込めた、
イタリア自動車界の巨匠たちからのメッセージ。

今日から少しずつ、順不同でそのメッセージをご紹介していきたいと思います。




Ercole Spada
エルコーレ・スパーダ/カーデザイナー

2011年3月11日、日本から届いたニュースに世界中が驚愕しました。
特に、私は仕事を通じて日本のみなさんと接していたので、
リアルタイムで届く映像を見ながら、自分のことのようにみなさんと苦しみを共有しました。
私は、カーデザイナーとして日本の自動車メーカーと仕事をしてきました。
そのおかげで、日本のみなさんの親切な心、
そして美に対する深い愛情に触れる機会に恵まれました。

桜の咲く季節は一年の中で最も美しい。
しかし春という季節は、美しさへの歓喜だけでなく、枯れたかに思われた時期から、
生命が再び蘇ったことへの喜びの時期でもあります。

東京都のシンボルマークはイチョウの葉です。2億5千年も前から存在するこの木は、
広島で原爆の灰の中から真っ先に芽を吹き返したと言われています。
人々は再生の力を信じ、この木をシンボルに選んだのです。

我々ヨーロッパ人は日本のことを ”日出ずる国” と呼んできました。
日は沈むけれど、再び新しい生命を照らすために昇る、
という意味が込められているからです。



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■エルコーレ・スパーダ プロフィール
1937年7月26日、イタリア・ミラノ近郊、ブスト・アルシジオ出身。地元工専修了後、兵役を経て、60年にカロッツェリア・ザガートに入社。大判の模造紙に1/1スケール、つまり原寸大でデザイン作業を進める。当時の現場でゼロから経験を積み始めたが、ほどなくその稀代のデザインセンスを開花させ、のちのザガートを代表する傑作、アストン・マーティンDB4GTザガート(60年)、アルファ・ロメオSZシリーズ(60年〜)、アルファ・ロメオTZシリーズ(63年〜)、アルファ・ロメオ・ジュニアZ(69年)などを、矢継ぎ早に発表し、その黄金期を支えた。その後、トリノのフォード・デザイン・スタジオ、アウディ、BMW(この時に2代目7シリーズたるE32型、3代目5シリーズたるE34型をデザインしている)を経て、トリノのIDEA社へ。ここではフィアット・ティーポ、同テムプラ、ランチア・デドゥラ、同デルタ、そして、アルファ・ロメオ155のボディデザインを担当した。現在は、息子のパオロと共同でデザイン事務所を運営し、オリジナル・スポーツカー、“コーダトロンカ”プロジェクトを熱く推し進める74歳である。





Tom Tjaarda
トム・チャーダ/カーデザイナー


石巻市の皆さまへ

2011年9月、私は山形県スーパーカーミーティングのゲストとして招待を受け、
短い日本滞在を果たしました。あの大震災からそれほどの月日が経っていなかったので、
被災した沢山の方々のことを考えると、人々がこのイヴェントにどのような反応を示すか、誰もが心配していました。
しかし、イヴェントは計画とおりに実行されることになりました。
私は参加者の方々が敏感になり、心配している様子を謙虚に受け止めながら、
山形での3日間を過ごしました。誰もがこの日本を襲った悲しい出来事と、
心の痛みを乗り越えるために何か出来ることをしたいと考えました。

もちろん、誰もが日常に追われながら暮らしています。
でも、この3日間で私が学んだ大切なことは、みなさんがこの震災の中で、
まるでいつもと変わらないように共に行き、助け合おうとする日本の心です。
これが私の生涯忘れ得ぬ経験となりました。


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■トム・チャーダ プロフィール
1934年7月23日、アメリカはデトロイト生まれ。あのデ・トマソ・パンテーラの、流麗かつスリークなボディデザインを生み出した。祖父はオランダの飛行機/自動車メーカーとして名高いスパイカー社の創設メンバーであり、父は若くして渡米し、かのリンカーン・ゼファーをデザインしたという、いわば自動車界の “サラブレッド” 。ミシガン大学在学中、趣味で自分の理想とするクルマを模型で制作していたが、それが担当教授の目に留まり、イタリアのカロッツェリア(自動車用のボディをデザインし、制作する企業)の名門、Ghia(ギア)社に紹介され、即採用。イタリアでトリノにすぐ呼ばれて、そのまま現在に至る。デ・トマソやフォードのみならず、日本のメーカーとの共同作業も多く、1968年いすゞ・ベレット1600MXを皮切りに、近年ではホンダ・シビックのコンセプトとデザインにかかわった。また、64年に彼がデザインしたフェラーリ330GT 2+2は、その後、かのエンツォ・フェラーリが自身のプライベートカーとして長らく愛用したことで知られる。





Sergio Limone
セルジォ・リモーネ/エンジニア

私は、これまでに仕事で2回、日本を訪れる機会に恵まれました。
日本人技術者たちを見て、その非常にプロフェッショナルな仕事と
環境におおいに感心しました。日本人の持つ並外れた秩序の良さと厳密な仕事ぶり、
ここから我々イタリア人は多くを学ばねばなりません。

私の目には、まだ1年前の津波の映像が焼きついています。
津波は日本に大きな被害と深い悲しみをもたらしました。
一日も早く、被災した地域が復興できることを心から願っています。

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■セルジオ・リモーネ プロフィール
1948年7月24日イタリア・トリノ出身、ランチアラリー037の父として有名な彼は1972年アバルトに入社、約100台のコンペティションカーの開発に携わる。当然その中にはレギュレーションの変更などにより世に出てくることなく葬り去られたものも含まれるが、1980年代にランチアが活躍したラリー車がアバルトによって開発されたことはよく知られている。ランチア037ラリー、S4、グループAデルタなどのラリーカーだけでなく、アルファ155GTM、156IT、159Super2000などのレーシングカーを開発し、素晴らしい結果を残した。


コメント
ありがとう、読みやすくわかりやすくしていただき、先方の気持ちや言葉がよりスムーズに伝わりました。

今日本はネガな言葉ばかりが先行し、報道も少しその方向にあるのが残念ですが、こうした暖かい言葉や励ましを我々日本人は感動するだけでなく、行動と前進に向かう力としていかなくてはいけませんよね!
  • おかんの頭の頭
  • 2012.03.12 Monday 18:26
素晴らしいメッセージと、それを実現して下さった野口さん、紹介していただいた藤原さんに感謝ですね。
僕的には巨匠(デザイナー)のメッセージの凝り方が、いかにも根っからのデザイナー的で共感です。
  • elan+2
  • 2012.03.12 Monday 18:41
おかんの頭の頭さん
海の向こうイタリアの自動車人がこんなに熱いメッセージを寄せてくれるなんて、ホント涙が出ます。僕らも決して風化させない努力をしないといけませんね!
  • 藤原
  • 2012.03.12 Monday 22:16
elan+2さん
はい、そのとおりですね。やはり皆さんデザイナー、それぞれにスタイルのあるメッセージでした。このシリーズまだまだ続きます!
  • 藤原
  • 2012.03.12 Monday 22:17
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