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2012.03.13 Tuesday

3.11 石巻へ 〜 イタリアの巨匠からのメッセージ その2

 

Motor Press(モータープレス)
極個人的な自動車偏愛日記



昨日にひきつづき、ミラノのジャーナリスト、野口祐子さんの呼びかけで、
ラジオ石巻に届けられたイタリア自動車界の巨匠たちからの
「3.11」に想いを込めたメッセージを順不同でご紹介していきます。



Nicola Materazzi
ニコラ・マテラッツィ/エンジニア


私は、これまで仕事を通してたくさんの日本人と知り合いました。
そしてその後も友人として交流を続け、彼らから責任感と誠意、
慎しみの重さを学びました。
しかし、これら日本人のみなさんの素晴らしい資質を持ってしても、
地震が引き起こした苦しみや悲しみを癒すためには、まだまだ時間が必要です。
この逆境に立ち向かい、一日も早く乗り越えることが出来るよう、
私の頭にあるラテン語の格言を捧げます。

”Per aspera ad astra (ペル・アスぺラ・アド・アストラ)
『困難を克服して栄光を獲得する』 

これは、まさに日本の精神を表す言葉だと思います。
かつて1940年代から60年代かけ、日本は戦後の困難を克服して
大いなる復興を果たしました。この大震災でも、
日本はさらに一段と強くなってこの逆境を乗り越えられるものと確信しています。

”Giappone, AD MAIORA!” 『日本に幸運を!』

日本の将来に、素晴らしい明日が訪れますように!


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ニコラ・マテラッツィ  プロフィール
1939年1月28日イタリア・カンパニア州出身、エンジンのスペシャリストでフェラーリF40の開発責任者として有名。1965年ナポリ大学の機械工学科を卒業、1968年ランチアに入社しエンジン、サスペンション、トランスミッションの開発を行う。1973年からはストラトス開発の主要メンバーとなる。1978年ランチアコルセが解散後 はオゼッラでF1、BMW M1のレースカーの開発に携わった。1979年にはフェラーリに移籍。エンツォ・フェラーリに「全て任せるから最高のクルマを作ってくれ」と言われ、フェラーリ史上もっとも過激なクルマの一つであるF40を作り上げた。




Andrea Zagato
アンドレア・ザガート/デザイナー


石巻市のみなさんへ
日本にはたくさんのザガートファンがいらっしゃいます。
ファンのみなさんのことを考えると、
日本を襲った大災害は私にとって他人事とは思えませんでした。
災害にあわれたみなさんに、一日も早く平穏な生活が戻ることを願い、
心ばかりのプレゼントを差し上げたいと思います。




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■ザガート&アンドレア・ザガート プロフィール
1919年、ウーゴ・ザガートによりトリノに設立された名門カロッツエリアのひとつ。当時としては先進的な航空技術を応用した空力的、軽量なボディデザインを得意とし、1960年代までアルファロメオやアバルト、ランチアといったスポーツカー、レーシングカーのデザイン、ボディ製造を手広く手がけ、世界の自動車デザインを牽引した。その後一時期低迷期を迎えるが、近年再びそのデザイン手法が脚光を浴び、昨年はアルファロメオTZ3、アストンマーティンV12を立て続けに発表。2011年のヴィラデステでは、TZ3が最優秀デザイン賞を受賞して話題となった。アンドレアはウーゴの孫で現在、SZ ZagatoのCEOを務める。



Giorgetto Giugiaro
ジョルジェット・ジウジアーロ/デザイナー


私は、イタリアのある新聞記事を見て感銘を受けました。
2月27日付のIL SOLE 24 OREに掲載された、第6回東京マラソン開催を伝える記事です。
この大会は、3月11日の震災と原発事故から
わずか1年後に開かれた最初のビッグ・イベントです。
まさに、大会関係者のみなさんの努力の賜物と言えます。
36万人あまりのランナーたちが銀座や皇居近くの道路いっぱいに走り、
200万人の観衆が「がんばって!」と声援を送りました。
まるで、震災の苦悩と悲しみの日々から蘇るための大合唱のようなイベントでした。
大会主催者と東京都の目標は、この東京マラソンを
ニューヨーク、ボストン、シカゴ、ロンドン、ベルリンの6大マラソン大会と並ぶ
世界的なイベントにすることです。
同時に、このイベントを目標達成ためのシンボル、
つまり参加者たちが心とからだを寄せ合い、将来に向けて自分の限界に挑戦する
大会にしたいという願いが込められています。
一年前に人々を襲った死の悲しみを乗り越えるため、
日本は復興と勝利を目指して疾走することでしょう。
かつてギリシャ軍がペルシア王国に勝利した時、
伝令としてマラトンとアテナイを走ったフェイディピデスのように。
万物は常に変容を遂げ、死と再生は無限に繰り返されるものと信じられています。
日本のみなさんは、絶望に打ちのめされず、
強い民族意識と結束をもって未来に向かって前進されることでしょう。


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ジョルジェット・ジウジアーロ  プロフィール
1938年8月7日、イタリア・クーネオ出身。フィアット、ベルトーネ、ギアと渡り歩いた後、69年に自身のデザインスタジオ、イタルデザインを設立。魅力的なボディデザインにとどまらず、そのクルマの基本パッケージ決定や生産ラインの想定、その立ち上げに至るまでを包括して自動車メーカーに提示し、既存のカロッツェリアとは一線を画した。VWゴルフ、アルファ・ロメオ・アルファスッド、フィアット・パンダ、同ウーノ、ランチア・テーマ、ヒュンダイ・ポニー、ロータス・エスプリなどは、まさにこの “イタル方式” で誕生した。また、日本メーカーの作品も多く、いすゞ117クーペや同ピアッツァ、日産マーチ、トヨタ・アリストなどは、ジウジアーロの手になる。同時に、バスや建設機器、腕時計、カメラ、飲料ビン、果てはパスタに至るまで、ありとあらゆるジャンルのデザインを手がける工業デザイナーとしても成功を収めている。“マエストロ”(巨匠)の名をほしいままにする世界的な自動車デザイナーである。
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