2016.02.29 Monday

今月の推薦図書

Motor Press(モータープレス)
極個人的な自動車偏愛日記


こんにちは。
今年の花粉、酷くないですか??
ここ数日完全に沈没してました。これほど酷いのは久しぶりだなー。

それを言い訳にするわけではありませんが、今月の推薦図書のお時間です。


今月お世話になったのは左上から……
ENGINE 2016年4月号(新潮社 刊)
GENROQ 2016年4月号(三栄書房 刊)
LE VOLANT 2016年4月号(学研プラス 刊)
AUDI A4のすべて (三栄書房 刊)
BMW PHVのすべて (三栄書房 刊)
HUNT 11号(ネコ・パブリッシング 刊)
カー・マガジン454号(ネコ・パブリッシング 刊 見本誌がまだ未着なの)

の計7誌。では順にご紹介していきましょう。


まずは ENGINE 2016年4月号(新潮社 刊)。
今月の巻頭特集は、恒例の輸入車大試乗会。
「ジャーナリスト26人による 2016年型 ガイシャ33台、セールス・トーク!!」
というタイトルのとおり、各車のセールス・トークをするというのが今回のテーマ。
かなりフザけた原稿(それはいつもか)ですがゴメンナサイ(笑)。


これも恒例の全車集合カットの様子。いやー改めて壮観な眺めだなぁ。
記事に書かせてもらったクルマはどれも良かったんですが
それ以外にも、マクラーレン570Sとか、フェラーリ488GTBとか、コルベットZ06コンバーチブルとか
メルセデスAMG GT Sとか、アストン・マーティンDB9 GTとか(どれもスポーツカーばかりやんけ)
いいクルマが多かったなー。個人的にはFタイプのMT仕様がお気に入り。



続いて LE VOLANT 2016年4月号(学研プラス 刊)。
これまで何度かイベント系の記事を書かせていただいたことがあるのですが
フロントの方で記事を書かせていただくのは今回が初めて。ムフ。



お邪魔したのは第2特集というべき英国車特集。
ベントレー・コンチネンタルGTスピード・コンバーチブルと、ジャガーFタイプS
そしてアストン・マーティンV12ヴァンテージという怒涛の組み合わせ。
またこれが、1台、1台それぞれいいのだよ。

ということで是非ご一読を。



GENROQ 2016年4月号(三栄書房 刊)では、連載記事である72年型911Sのレストア・レポートと
1920年型ロールス・ロイス・パターンMk1装甲車の記事の編集を担当。
むろん、そこも読んでいただきたいのですが個人的には……



「ヴァルター・ロール、ポルシェを語る」のトビラ写真でノックアウト。
記事もすごくいいんだけど、この写真だけで今月号買う価値あり。
かっこいいわ、こういう記事作りたい!


さらに久々に カー・マガジン454号(ネコ・パブリッシング 刊)にも
ちょろっとコラムみたいな原稿を書いております。



そして、すでに18日に発売されている モーターファン別冊 AUDI A4のすべて (三栄書房 刊)では
いつものヒストリーページを書かせていただいてます。
この新型A4、国内発表前になぜかいろいろなところで遭遇したんですが
まだ一度も乗っていない(涙)。なんか相当いいみたいですよね。気になるー。



さらに一般発売はされていませんが、全国のBMWディーラーで配布されている
BMW PHVのすべて (三栄書房 刊)にもBMW 100年の歴史について、ちょろっと書いてます。
こちらはディーラーへ是非。



最後に、ちょっと意外ですがアウトドア専門誌
HUNT 11号(ネコ・パブリッシング 刊)では、山梨県にある
古民家宿LOOFにお邪魔して、オーナーの保要佳江さんにインタビューしてきました。
なかなか素敵な宿で楽しかったです。

ということで、皆さんお近くの書店に是非。
ではでは。

 
2016.02.26 Friday

Gasoline and Magic



Motor Press(モータープレス)
極個人的な自動車偏愛日記


こんにちは。
今日26日は自動車各誌の発売日ですが、そちらのご紹介は追ってするとして
ここ最近、ヒマさえあれば僕がボォーーーっと眺めている本のご紹介。



それがこれ。『Gasoline and Magic』Edition Patrick Frey,2015

2015年8月にスイスのMuseum im Bellparkで開催された写真展
VROOOOAAAMMM:An Essay on Motorsports』に合わせて出版された
1960年代から80年代にかけてのモータースポーツ・シーンを集めた写真集。


そのジャンルはツーリングカー、F3、F2、インディ、ル・マン、F1などアットランダムなもの。
またアマチュア・カメラマンの作品が多いので、初めて見る写真が多い上に
当時のサーキットの雰囲気を捉えたものが多いのが特徴。



その中からちょっとだけご紹介。
これは1968年、ライムロックパークのスタートラインをペイントするスタッフ。
奥にいるMGB GTやモンキーともども、当時の空気感がわかるいい写真!



では、もう少しご紹介。
これは1971年カースル・クームのパドック。コリン・ヴァンダーヴェルと彼のブラバムBT35。



1965年から66年にかけてのF2、F3の光景。



1968年、ブランズハッチでのF1イギリスGP。



1976年から79年にかけてのパドック風景。



1972年当時のマクラーレン・レーシングの本社。


 
1979年のスラクストン。なぜかパドックの片隅に打ち捨てられたティレル008と思しきモノコック。
……ほら、なんか当時の匂いとか喧騒とか、暑さや寒さまでも伝わってきませんか?
確かに映像もすごいけれど、1枚の写真がもつ表現力って凄いなと改めて感じた写真集でありました。



そんな『Gasoline and Magic』に写っている日本関係の写真は2枚。
1枚は1967年のブランズハッチでホンダRA273のエンジンを整備する久米是志さん。
そしてもう1枚は1970年のホッケンハイム(あのレースの時だ!)でファンのサインに応じる生沢さん。さすが。
左上に写ってる、アンドレア・デ・アダミッチのマクラーレン・アルファも気になる(笑)。
その下は、あのチェッカード・フラッグのマクラーレンF2だね。フムフム。



しかも裏表紙が1967年のモンツァ(!)でのホンダ・チームの面々というところも泣かせる!
ちなみにこの本、僕は代官山のTSUTAYAで買いました。
確か7000円前後だったように記憶しています。この手の本(180ページ・カラーですから!)
としては非常にリーズナブルですしね。当時のレースシーンに興味のある人にはオススメ。

ではでは、良い週末を。
 
2016.02.24 Wednesday

New Porsche 911 Debut!

Motor Press(モータープレス)
極個人的な自動車偏愛日記


こんにちは。
昨日は都内で開催された、新型ポルシェ911の発表会へ。



昨年9月のフランクフルト・ショーでお披露目されている新型911。
個人的にも昨年のレンシュポルト・リユニオンの会場でアンヴェールに立ち会いましたが
日本に上陸するのは、これが初めて。すでに自動車各誌で「さらに良くなった!」と
絶賛されてますからね。首をなが〜くして待っていた方も多いのでは??



991シリーズ2 というべき進化を遂げた、今回の911最大のトピックは、
排気量を3リッターに縮小したうえにターボ化された水平対向6気筒エンジン!
カレラ&カレラSともに、最高出力が20psアップされ、トルクも大幅に向上するなど
パフォーマンスはアップしているにも関わらず、エンジン自体の効率性も12%アップ。

しかも車高が10mm低くなった新しいPASMシャシーが初めて全モデルに標準装備されたほか
(そのためにリップスポイラー部で40mm上昇する、フロントアクスルリフトも装備)
カレラSにはオプションでアクティブリアアクスルステア(4WSですね)が用意されるなど
全方位的な進化を遂げています。



そうした様々な進化については、各専門媒体を読んでいただくこととして、
個人的に気になったのは新型と従来モデルの見た目の変化。
ほら、街で見かけたときに「お、新しい991走ってんじゃん」とか知った風に言いたいじゃないですか(笑)。

まずはフロントまわり。パッと見てわかるのは、フロントのウインカー周りとチンスポイラーの形状変更。
ウインカーが小さくなって、フロントインテーク周りの造形がシャープになった印象。



こちらは前期型。フロントの”ヒゲ”が新型ではなくなっていたり、
ウインカー変わったりしてるのがわかりますね。ヘッドライトの中も変わったみたい。



続いてリア周り。なんといっても最大の特徴は縦スリットとなったエンジン上のエアインテーク部分。
随分とシャープになった感じがします。



無論、これはただの見た目の変更……というわけではなく、ターボ化にあたり
エンジンとインタークーラーへの吸気を分配する必要から、新たにデザインされたもの。
この図にもあるとおり、新型はリアバンパーの脇に、放熱用の穴が開いているのも特徴。



それを踏まえて前期型を見ると、結構ディテールが変わっているのがわかりますね。
会場では気づかなかったんですが、こうしてみるとテールレンズ自体の意匠も変わってる!
おかげで新型は、リア周りがピシッと締まった印象になりました。

ただ唯一惜しいのは、リアホイール幅が0.5インチ拡大され、11.5インチとなったために
新型ではリアフェンダーに無粋なリップが付くようになったこと。
それが嫌だから前期型に拘る! っていうのも男らしくていいかも。



そして内容、見た目ともに大きく変わったのがインパネ。上が新型。下が前期型。
まず、オプションのスポーツクロノパッケージ装着車は、ステアリングに918スパイダーにような
モードスイッチが付く(写真が暗くてスイマセン)ようになり、
手元でノーマル、スポーツ、スポーツプラス、インディビジュアルなどのモード変更が可能。

さらに、インパネセンターに手書き入力も可能なマルチタッチ対応の7インチディスプレーを搭載。
スマホと接続してGoogle Earthや、AppleのCarPlayなども使えるようになりました。
これで、これまで911最大の弱点だったナビを始めとするインフォメーション系の環境が大幅に改善。
特に日常のアシとして使っている911乗りにとっては、これだけで新型に買い換える価値があると思います!

ちなみに7速MTの911カレラのお値段は1244万円(税込)。
PDKのカレラSが1584万1000円(税込)。
決して安くはありませんが、今どきMTは用意されている(しかもハンドル位置が左右両方選べる!)
スポーツカー&GTって貴重な存在ですからね。
いやぁ、早く乗ってみたいなぁ。

ではでは。



 
2016.02.18 Thursday

Hiroshi Fushida @ 1970 Riverside Grand Prix

Motor Press(モータープレス)
極個人的な自動車偏愛日記


こんにちは。
久々のスクープです!

今回の主役は、先日行われた『第9回CAR GRAPHIC Presents Gold Star Drivers Slot Car Race』の
名誉会長であり、このモータープレスでもお馴染みのレジェンド、鮒子田寛さん。


週刊プレイボーイ(集英社 刊)

1960年代にTEAM TOYOTAのエースとして、各種のレースで活躍をしていた鮒子田さんが
海外でのレース参戦を目指し、1970年にTEAM TOYOTAを離れ単身北米に渡った、
という史実はモータープレスの読者の皆さんならご存知のことかと思います。
(詳細は牧野さんの『くるま村の少年たち』へ)

鮒子田さんが参戦したのは当時アメリカで開催されていた
L&M F-Aコンチネンタル・チャンピオンシップという
F5000マシーンを使用したフォーミュラ選手権でした。


ここで鮒子田さんは、ズース・ディベロップメント(ZEUS DEVELOPMENT CO.)と契約
彼らの所有していたイーグルMk5-プリムスV8(シャシーナンバー503)を購入する形でエントリー。
開幕戦 
Riverside Grand Prix (リバーサイド):リタイア(エンジン)
第2戦 
Lucerne "100" (エドモントン):リタイア(ヘッドガスケット)
と、マシーントラブルに見舞われ、満足な成績を残せずに終わります。


そして迎えた第3戦Seattle Grand Prix(シアトル)。
予選で6位を獲得した鮒子田さんのイーグルは決勝でも好調。
なんと、参戦3戦目にして3位入賞を果たすこととなるのです!

その後、第4戦Monterey Grand Prix(ラグナ・セカ)でも5位入賞を果たした鮒子田さんは
シアーズポイントで開催された第5戦Continental 49'er に挑むのですが、予選で大クラッシュ。
マシーン修復は叶わず、これをもってF-Aコンチネンタル選手権への挑戦を終了するのです。

しかしそこで挫けることなく、MAC'S IT SPECIAL でのCan-Am挑戦や、翌年のTrans-Amシリーズ参戦と
北米でのレース活動を続けることになるのですが、それはまた別の話。

今回お届けするスクープは、なんとL&M F-Aコンチネンタル選手権の開幕戦
Riverside GPに参戦したズース・ディベロップメントを追った貴重な8mmのカラー映像。
撮影者は、あのテカルミット・ジャクソン・フューエル・インジェクションの
開発者であるピート・ジャクソン!

全部で3部からなる映像(音声がないのが残念!)ですが、若き日の鮒子田さんが沢山出てきます。
「僕にとっては世紀の大発見だ……でも、Good old daysの良い思い出、記念だね」とはご本人の感想。
ということで、とくとご覧あれっ!!










すごいでしょ? トヨタ7に乗ってたから、F5000マシーンも大して凄いと思わなかった
と鮒子田さんのインプレを聞いたことがありますが、いやいやなんのなんの!
なにはともあれ、この偉大な挑戦の証拠がこうして残っていたのはうれしい限り。

ではでは。

 
2016.02.17 Wednesday

MEP X27 Citroen



Motor Press(モータープレス)
極個人的な自動車偏愛日記


こんにちは。
いつものように真夜中にPCの前で悶々としながら
現実逃避のためにネットを彷徨っていたときのこと。某オークションサイトで
見つけてしまったのがコレ。



1/43スケールのMEP X27!
1971年にフォーミュラ・ブルー選手権のために作られたシトロエンGSのエンジンを積む
ワンメイク・フォーミュラカーなのであります。その昔、1/10スケールくらいの有線リモコンカーや
レジンキットが出ていたのは知っていましたが、まさか完成品があるとは。ということで思わずポチッ。嗚呼。



このMEPというのは、フランス・アルビでシトロエン・ディーラーを営んでいた
Maurice Emile Pezous(モーリス・エミール・ペゾーって読むの??)が、F3とゴルディーニ・カップの
間を埋めるエントリー・フォーミュラを作れないかと画策し、1964年に鋼管スペースフレームのシャシーに
シトロエン・アミ6の空冷フラット・ツインをミド・マウントしたフォーミュラカーを作ったのがはじまり。

開発ドライバーにモーリス・トランティニャンを招聘するもアミ6の602ccユニットでは非力すぎたため、
シトロエン傘下にあったパナール24CTの850cc空冷フラット・ツインを搭載した改良型、X2を1965年に製作。
その良好な性能とプロモーション効果に注目したシトロエンは、BPの協力を得て、プロジェクトに参画。
20台のX2を発注し、1968年からワンメイク・レース、”フォーミュラ・ブルー”をスタートさせます。

しかしながら60psのパナール・エンジンではまだ非力だったうえに、
1967年をもってパナール製エンジンの製造、部品供給がストップしてしまったために代替となる
マシーンの開発を開始。こうして1971年にシトロエンGS1015の
1015cc空冷水平対向4気筒エンジン(78ps)を積む、このX27が発表されるのです。
X27は78台ほどが製造され、1971年からフォーミュラ・ブルーで使用されるのですが
1974年に起きたオイルショックでシリーズは衰退。1975年をもって中止されてしまいます。

今でも彼の地にはオーナーズクラブがあり、それなりの台数のX27が現存しているようですが
市場に出るようなことは皆無。ウエッジシェイプ・フォーミュラ好きとしては、
チャンスがあれば是非欲しいと願う、究極のシトロエンだったりもします。



前置きが長くなりましたが、この1/43スケールのミニチュアカーはフランスATLASが刊行している
PASSION CITROEN(ミニカー付きのムック本)No.64の付録に付いていたもの。
どうもフランスのノレブが原型を作っているみたいですが、いずれにしろ日本では
あまり見かけることはないと思います。



個人的には空冷エンジンゆえのウェッジシェイプがツボ。ロータス56も58も61も69も72も
マクランサ・パニックも好きですが、ワイドリム化された2CVのホイールとのアンバランスな
スタイルにものすごく心揺さぶられます(笑)。



しかもこのミニカー。買う前はあまりデキには期待していなかったんだけど
結構それなりによくできてる。できればゼッケンのステッカーを何種類か作って
10台くらいズラリと並べてみたい。



ちなみに現車には1度だけ遭遇。10年ほど前に訪れたシトロエンのコンセルヴァトワールに所蔵されている
X27を舐め回すように見た記憶があるのだけれど、どんなに探しても写真はなし。
(確かこの列の一番奥にひっそり止まっていたはず!)
ま、所詮叶わぬ片思いなんて、そんなもんです(号泣)。

ではでは。


 
2016.02.15 Monday

EVA Can-Am 2B


Motor Press(モータープレス)
極個人的な自動車偏愛日記


こんにちは。
随分と間が空いてしまいましたが、さる2月6日に行われた
『第9回CAR GRAPHIC Presents Gold Star Drivers Slot Car Race』の続きです。



今回もMFCの皆さんの手による素晴らしい出来栄えのスロットカーたちが集まっていたのですが
個人的にとっても気になったのが、このEVA Can-Am 2B。



ミニカーレース用に開発されたスポーツプロト、EVA Can-Am 2Aのシャシーに
ホンダ1300の空冷4気筒SOHCユニットを搭載したGP-IIマシーンで
1969年の日本GPにエントリーした、リキ・レーシング・ディベロップメントの39号車を再現。
無論フルスクラッチ(!)。


CAR グラフィック 11月号臨時増刊 ’69日本グランプリ(二玄社 刊)

エバ・カーズが製作し、多くのユーザーに販売されたEVA Can-Am自体の写真も
日本GPに同じくリキ・レーシング・ディベロップメントから出場し、総合18位完走(クラス2位)を果たした
杉山武/三富嗣充組の40号車の写真も比較的多く残されているのですが
予選落ちしてしまった39号車に関する写真はほとんどなし。


日本の名レース100選 '69  日本GP(三栄書房 刊)

ウチにある本を引っ張り出しても、39号車が写っていた(それも小さく)のは、この2誌のみ。
よく、そんな状態で作ったなと改めて感動。

……しかしなにゆえにチームのエース格である39号車が予選落ちして40号車が生き残ったのか?



当時のチームオーナーであり、ドライバーであった大久保力さんにお伺いすると……。

「そもそも僕はフォーミュラ専門でいこうと思っていた。しかしスポーツカーレースが盛り上がり
 日本GPもプロトタイプ専門のレースになるっていうんで、自分もやらなきゃいけないなと。
 ただ当時の僕は大排気量路線にえらく反対していてね。なんとしても手作りのクルマでやりたいと
 思っていたんだ。そうしたらちょうどエバ・カーズが立ち上がってね。
 そこで林みのる君から”リキさん使ってみませんか?”紹介があったんだ。
 それじゃあ一緒に開発しようじゃないか、と始まったんです。
 林君とのつながりは、彼がマクランサ・クサビに積もうとしていた、コンレロ・チューンの
 アルファ・エンジンを買ったのがきっかけだね」

確かに当時の林さんは、取締役兼デザイナーとして三村兄弟とともにエバ・カーズの設立に参画。
自身のマクランサ・クサビの製作と並行する形で、EVA Can-AmのFRPモノコックの開発に
携わっていたのでありました。

「エンジンを何にしようか? って時にちょうどホンダ1300がデビューしてね。
 あれなら使えるかもしれないと、新車の1300を買ってきて、それから降ろしたのを積んだんだよ!
 ところがそこが間違い。空冷だから軽いだろう、小さいだろうと思ったら、どデカイの。
 そしたら見かねたRSCがファクトリーチューンのエンジンを供給してくれたんだよ。
   ところが予選を走ると、すぐにエンジンが止まっちゃうんだ。それでマトモに走れずに予選落ちしたんだけど
 原因はオールFRPにこだわって燃料タンクもFRPにしていたこと!
 ガソリンでFRPが溶けて詰まってしまったんだよ。それを発見したのは一緒に乗っていた片桐だった。
 クルマの素性自体は良かったからね。とても悔しい思い出のある1台ですよ」



ということで続いてご紹介するのは、当時のチームメイトであり、
今回のスロットレースに初参戦された片桐昌夫さん。
「僕は練習の鬼だからね(笑)。あのEVA Can-Amも相当テストした思い出がありますよ」



日本の名レース100選 '69 JAF-GP(三栄書房 刊)

片桐さんといえば、鈴鹿放出のブラバムBT16に三菱R28を搭載した”三井メタルーブSPL”で
日本のフォーミュラ・レースの黎明期に活躍したお一人。
富士300キロレース大会‘69ゴールデンシリーズIIでは総合4位、
写真の'69 JAF-GPでは総合8位/C-1クラス3位などの成績を残されています。


AUTO APORT 1968年8月号(三栄書房 刊)

またオールド・ファンの皆さんの中には、片桐選手と聞いて
1968年の全日本鈴鹿自動車レース大会でのアクシデントを思い出す方もいらっしゃるかもしれません。



「RSCの1300のエンジンは相当テストして熟成させたと思います。だから決勝に出られなかったのは残念でしたね。
 ウチの若い奴らを乗せた2号車の方は、予選はギリギリだったけど決勝では結構良いペースで
 走って結果を残しているから余計にね。我々の乗った最初のクルマに比べて2号車の方は
 色々と改良されていたというのも大きいと思いますね」

という片桐さん。ちなみに今回の着ていらっしゃるのは、1970年代に使用していたという
NAZA製のレーシングスーツ。昨年、多賀弘明さんが着ていらした当時モノのレス・レストンにも
驚きましたが、これもまた貴重(背中の"Metalube 三井物産"の刺繍が泣けます!)。
当時このNAZAのレーシングスーツを扱っていた銀座の秀山荘で購入されたものとのことですが
実物を見るのは、故・酒井正さんがお持ちだったものに続いて、これが二度目。

いやはや本当に貴重なお話ありがとうございました。
この日本GPの顛末に関しては、この後『サーキット燦々』に続いて大久保力さんが出版される
新刊の方にも詳しく書かれているそうです。そちらも是非!!

ではでは。

 
2016.02.09 Tuesday

第9回CAR GRAPHIC Presents Gold Star Drivers Slot Car Race

Motor Press(モータープレス)
極個人的な自動車偏愛日記


こんにちは。
ご報告が遅くなりましたが、土曜日に横浜のBANPROで行われた
『第9回 CAR  GRAPHIC Presents GOLD Star Drivers Slot Car Race』
の模様をお送りします。



1970~80年代の富士GCに出場したレジェンド・ドライバーが、自身のGCカーをドライブする
スロットカー・レースとして始まったこのイベント。
Gold Star Drivers Club of Japanの協賛を得るようになった昨年から
GCという枠組みを外し、各レジェンド・ドライバーがドライブした新旧様々な
マシーンで競うスタイルに改変。今年はお馴染みCAR GRAPHIC誌と
Jaguaria/(株)ワイズのスポンサードを得て、さらにパワーアップして開催されました。



ということでマシンも1964年のスカイライン54Bから、2006年のOPEN INTERFACE SC430まで
実に多彩な顔ぶれ。2リッターGCマシーン時代に比べ、クルマの性能差が大きくなる中で
各ドライバーが、どのような走りをするのかが注目です。

ちなみにレースは6レーンあるコースを全て3分ずつ走り、その合計周回数によって
順位を決めるという例年通りのレギュレーション。
たった3分? とお思いの方もおられるかもしれませんが、超高速走行をする1/24のスロットカーを
3分間走らせるのって、想像以上の集中力を必要とするんです。結構ヘロヘロ。



今回の話題は、Super GT GT500クラスから引退し、今シーズンはチームルマンの監督に
就任することを発表したばかりの脇阪寿一さんが初めて参戦したこと。
この日のために、わざわざ2006年にチャンピオンを獲得したときのレーシングスーツで現れる気合の入りっぷり。

このほか1960年代にブラバム・コルトなどで活躍した片桐昌夫さん、
レジェンド・ラリーストでジャーナリストの竹平素信さんが初参加!



また今回から新たな試みとして、レースのインターバルを利用した
レジェンド・ドライバー全員参加のサイン会も開催。
これだけの面々に直にあってサインをもらうなんて、サーキットでもないことですからね。
お越しいただいたギャラリーの皆さんには、いいお土産になったのでは??



無論レースの方は大盛り上がり。今回はレジェンド・ドライバーによるメインレースと
関係者、ジャーナリスト、そしてCG CLUB有志が参戦するゲストレースの2つに分けて開催。
メインレースに参戦したCAR GRAPHICの加藤社長と、Jaguariaの後藤社長が
いずれもスロットカー経験者ということもあり、いつも以上にレベルの高い戦いとなったのでありました。

……で、気になる結果はというと。



ドライバークラスは、予選でポールポジションを獲得。決勝でも合計108周と圧倒的な強さをみせた
Jaguariaの後藤将之社長が完全優勝。



103周を走って2位(レジェンドドライバーでは1位!)に入ったのは、今回初参加の片桐昌夫さん。
「練習の鬼」と仰るだけあって、この日のためにBANPROに通いつめ、徹底的なトレーニングを積んだとのこと。
おそらくモータープレスをご覧の皆さんは、片桐さんのレーシングスーツが気になるかと思いますが
これに関してはまた後日。



片桐さんに1周及ばず3位となったのはCAR GRAPHICの加藤哲也社長。
レトロモビルから帰ってきたばかり……という状況ながら、予選で8秒台を叩き出すなど
その速さは1/1も1/24も問わず。無論今回の模様はCAR GPAPHIC本誌にも掲載されるそうです。



そして総合4位、レジェンド・クラス2位に食い込んだのは、チュードル・カレラ6を
操った津々見友彦さん。聞くところによると、津々見さんも自主練に励み、
この日に備えられたのだとか? さすがです。



昨年の覇者、寺田陽次郎さんは総合5位、レジェンド・クラス3位。
走りにくそうなRX-7デイトナ仕様を見事に手懐け、98周を走りきった集中力はさすが耐久王。
これでシリーズポイントもトップの高橋晴邦さんに5ポイント差と肉薄。
(しかも2014年は欠席しているにもかかわらず!)
来年の10回記念が楽しみになってきました。



続く総合6位入賞を果たしたのは、ルーキー(!)の脇阪寿一さん。
スーパー耐久やGTで活躍した松田晃司選手が専属メカニックを務めるなど
万全の体制で臨んだというのもさることながら、やはり昨年まで現役を務めていた
レーサーの集中力と適応能力の速さは別格。来年の優勝候補!



一方ゲストレースの方は、プリンス・スカイライン54Bというマシーン・ハンディをものともせず
103周という驚異的な周回数を記録した桂伸一さんが文句なく優勝。
さすがはプロ。たぶんこれだどスバル360にマシーン変更しても誰も勝てない(笑)。



……で、末席ながらゲストレースに参加したお前はどーなんだ? というと
ナロートレッド&ショートホイールベースのタキ・レーシング・エランの挙動に最後まで馴染めず
(だってフルスロットルすると車体が浮いて飛ぶんだもの)11人中9位でフィニッシュ。
1/1も1/24も上手くいかねーなー(泣)。

今回も大盛況で幕を閉じた第9回CAR GRAPHIC Presents Gold Star Drivers Slot Car Race。
来年は記念すべき第10回大会ですからね。栄光の2代目シリーズ・チャンピオンに輝く可能性を
もっている晴邦さん、寺田さん、鮒子田さんがどういうレースを繰り広げるのか?
今から楽しみにしておきましょう。

ということで毎度のことながら、マシーンの準備などに奔走された
MFC(Modelcar Racing Fan Club)の田村さん、メンバーの皆さん。
そしてBANPROの伴野さん。さらに関係者の皆さん、本当にお疲れさまでした。
来年も宜しくお願いします。

ではでは。

 
2016.02.03 Wednesday

JCCA NEW YEAR MEETING 2016 Part2


Motor Press(モータープレス)
極個人的な自動車偏愛日記


こんにちは。
日曜にお台場で行われたJCCA  ニューイヤー・ミーティング。
2回目となる今回は、個人的趣味モロ出しの会場に集ったFJ/FL編です。



ここ数年、会場に着いてから真っ先にお邪魔するのが、千葉にある鈴木モータースさんのブース。
3年前にはダイハツ・フェロー7、昨年はKS-01を発掘して話題を呼んだ鈴木モータースの
今年の目玉は、な、なんとレース未使用&新車(!)のオトキチ  ALO II。

実はこれ、当時フレームとカウルが製作されるも、一度も使われることなく掘雄登吉さんの
ガレージの天井にずっと保存されていたものだそう。
それを譲り受け、フロンテなどのパーツを使い「転がる状態」に仕立てたのが今回の状態。
いやー、まだこんな「オバケ」がいるものなのですね。


4th TOKYO RACINGCAR SHOW AUTO SPORT 1971年5月号付録 (三栄書房 刊)

ちなみにアローSIIはオートルック・レーシングサービスが1971年の東京モーターショーに展示した
FJ360/FL500マシーン。安価でシンプルなマシーンをつくるため
「レーシング・カートのような」ノーサスペンションの足回りが特徴。
この時はオートルック・チューンのダイハツ・フェローMAXの
エンジンを搭載した状態で出品されていましたが、この状態で実戦に出ることはありませんでした。


AUTO SPORTS YEAR '73(三栄書房 刊)

SIIは、一体型のフレーム自体の”しなり”を利用してサスペンションの役目を果たすように設計されていましたが
翌年登場した改良型のSII-Rはシャシーフレームとフロント・リジッド、リア・ド・ディオン式の足回りを分割。
その接合部にラバーブッシュを挟むという構造に変えられています。




今回発掘されたのは、このSII-Rと呼ばれるタイプ。

手元の資料ではSRS久保チューンの360ccフロンテ・エンジンを搭載し
1972年2月3日に筑波で行われた「バレンタイン・トロフィーダッシュ・レース」のFL500クラスに
志村須美雄のドライブで出場。5位入賞を果たしたという記録(AUTO SPORT YEARはその時の写真)
が確認できますが、その後の出走歴は確認できませんでした。


AUTO SPORTS 1972年4/15号(三栄書房 刊)

しかしながら、エンジンレス、タイヤ&ホイール付きで34万円(当時)という低価格と
サスペンションレスゆえのメンテナンスの容易さ、そして軽トラックに積載可能(!)という
コンパクトさも相まって注目は高かったらしく、当時のAUTO SPORT誌では
7ページにわたる特集を展開。ジャーナリストの岡崎宏司さんが試乗記事を書かれています。
岡崎さんいわく「シロウトでも1分8秒台でラップ可能。非常に乗りやすいマシーン」との評。


AUTO SPORT 1972年4/15号(三栄書房 刊)

さらには、わしお・もとひこ氏によるイラスト付きの構造解説も掲載。
そのリジッドサスペンションに関して、高速コーナーや荒れた路面では不利になると指摘されています。



いずれにしろ、知る人ぞ知る幻のFLマシーンが、こうして再び日の目を浴びたのは嬉しい限り。
フェロー7、KS-01ともども、また走る姿を拝みたいものです。



さらに同ブースには、レーシングサービス・ワタナベのファルコン77Aもディスプレイ。
こうして並べてみると、メイクスが違うとはいえ、わずか数年の間に
FLが飛躍的な進歩を遂げているのが理解できます。



さらにクラブスタンドのHONDA N360 ENJOY CLUBには、昨年7月のJCCA筑波にも
出場していたアウグスタ MkIIの姿が。
こうして改めてみると、解良設計のシャシー、三村デザインのボディって
すごく完成度が高いのがわかります。

個人的にはまた米山さん、鮒子田さん、高原さんといった面々が
このMkIIで走る姿を見たい! と思うのですが……。



そしてN.Z Racing Sports Clubのブースには、レストア途中のアウグスタMkIII (エッソ・エクストラ)の姿も。
バタバタと通り過ぎてしまい染谷さんにお会いできませんでしたが、こちらの復活も期待しております。



そしてFJ/FLファンに朗報!
昨年7月に筑波で行われたJCCAで開催され、大反響を呼んだFLレースが
来る4月10日(日曜日)に富士スピードウェイで行われる
『JCCA 富士ジャンボリー』の中で開催されることが決定しました!!

小さな排気量に長い富士のストレートは酷かもしれませんが、再びその勇姿を見られるのは嬉しい限り。
いまから非常に楽しみであります。

ではでは。
 
2016.02.01 Monday

JCCA NEW YEAR MEETING 2016 Part1



Motor Press(モータープレス)
極個人的な自動車偏愛日記


こんにちは。
昨日、東京・お台場の青海臨時駐車場で恒例の
JCCA  ニューイヤー・ミーティングが開催されました。



先週から天気予報を見るたびにビクビクしていましたが、当日は快晴。
風もなく、比較的過ごしやすいイベント日和となりました。

そんな今年のNYMのテーマは久々の『三菱車』。
会場には本社所蔵の珍しいピックアップ1967年型コルト1000Tと
三菱初の乗用車、三菱500をディスプレイ。コンクール・デレガンスの審査委員長を務めた
熊倉重春さんによると、発売前にフロントグリル部分だけデザインを一般公募(商品は三菱500!)したのだそう。
当時の熊倉青年も応募したそうですが、残念ながら市販版のフロントグリルは熊倉デザインではないそうです(笑)。



おそらくNYMで三菱車をテーマにするのは10年ぶり(そう思うと、僕の審査員歴も長くなりました:苦笑)
だと思うのですが、エントリー台数が22台と比較的少なめ(じっくり審査するには最適な台数なのですが)
だったにもかかわらず、レベルの高いクルマが集結。そんな中、グランプリを獲得したのが
五味巳己夫さんの1968年型コルト1500。"福島5"のシングルナンバーがついた貴重な1台です。



4年間前に手に入れたというこのコルト。なんでも東日本大震災の義援金に充てたいということで、
前オーナーが手放された1台とのこと。ご覧のように内外装、機関ともに素晴らしいコンディション。
愛情の深さが伺えます。そして個人的に驚いたのが、そのボディのしっかり感。
今でもパシーンと閉まるドアは感動的ですらありました。



続いて特別賞を受賞されたのは、山中薫さんの1971年型ギャランGTO 1600MR。
”品川55"というナンバーからお察しのとおり、長年ワンオーナーで乗られていた個体を
縁あって、オーナーの思い出話とともに譲り受けたという1台。
すごいのは、オリジナルペイントがしっかりと残されている点。
そういう価値を十分に理解して、年代物のヨコハマGTスペシャルを履くなど、山中さん自身の拘りも見事。



室内もこのとおり。ドアを開けると、プワ〜ンと当時の日本車っぽい”良い匂い(笑)”がします。
とにかく付くものすべてがオリジナル。いかに前オーナーが大切にしていたのかが伺えますね。



カムカバーやエアクリーナーのゴールド塗装がそのまま残されているなど、
資料性という意味でも非常に貴重なエンジンルーム。
その上で動態保存する上で仕方のないパーツ(リレーやバッテリーなど)を
目立たないように配置するなどの配慮も見事。

ちなみにオーナーの山中さんはギャランGTOネットワークというオーナーズクラブの代表。
このGTOを譲り受けるために、それまで持っていた3台を手放し、1台に注力しているのだそう。
その心意気も素晴らしい!



こちらは小椋慶さんの1975年型ギャランGTO 2000SL。
まだ手に入れてから1年半あまりという小椋さんは、まだ29歳。
なんでもお父様が若かりし頃に乗っていたGTO 2000SLの写真を見つけ、カッコイイ! と一目惚れし
同じクルマに乗りたいと、全国を探し回ったのだそう。すごく良い話!



手に入れた時は塗装のクリアも剥げ、モディファイされた箇所もあったそうですが
コツコツとパーツを集めてオリジナルの状態に戻すべく奮闘中。
クルマを手に入れたあと、お父様に見せると、あまりの懐かしさにものすごく喜ばれたそう。
そんな小椋さんは、カセットデッキなどのマニアでもあり、車内にはしっかりカセットデッキが。
そういうセンスを含め、審査員一致での受賞となりました。



特別賞3台目は、瓜田則之さんの1968年式ミニカ バン DX。
実は瓜田さんは、この初代ミニカのオーソリティでセダンを2台、バンを2台、
さらに超貴重なピックアップを1台(現在レストア中)をお持ちという方。

このバンは長らく山梨のお米屋さんがワンオーナーで使用していた個体で、外装には痛みが見られるものの
オリジナルペイント、ノンレストアという奇跡のようなコンディション。



足元のビニールマットも残っているし、シートや内張りの状態も素晴らしい。
驚くことにリアシートや、リアの内張りには新車時のビニールカバーがそのまま残ってる!!



可愛らしい359ccの空冷2ストローク直4エンジンも、一発で掛かり安定したアイドリングを奏でるなど絶好調。
この日ももちろん、奥様とともに自走で参加されたとのこと。
メーカーからのパーツ供給が全くない中、こういう貴重な個体を動態保存される姿勢には
本当に頭が下がる思いです。



そして最後にご紹介するのが橋下照男さんの1970年型ミニカ70GSS。
2代目ミニカに用意されたツインキャブの水冷”ゴールドエンジン”を搭載したホットバージョンです。
実は橋下さんのGSSは、前回の三菱イヤーの時にも受賞されており、今回で2冠達成。

その最大の理由は、45年間ワンオーナー&ノンレストアで今でも毎日乗り続けている! ということ。
素晴らしいミニカ愛。その尊い姿勢に脱帽です。



45年間、毎日乗り続けているとは思えないほど、綺麗でオリジナリティの高いエンジンルーム。
もちろん室内も、新車同様というコンディション。
今や貴重な初期のメガホンマフラー(現存はこの1台のみとのこと)も付いており、
資料性価値の半端なく高い1台であります。

このほかにも素晴らしい個体が多かった、今回のコンクール・デレガンスですが
個人的にとても印象に残ったのは、この時代の三菱車の品質の高さ。
どのクルマもボディがしっかりとしていて(ドアの閉まり方は素晴らしい!)、機関も丈夫。
オーバークオリティといってもいいほど、真面目にクルマを作っていたんだな、ということが感じられました。
それだけに、今三菱本社から全くパーツが供給されない(気にかける素振りもないという)という
状況は非常に残念。何度も言っていますが過去を大事にしない所に未来はありません。
今後、全国の三菱車を愛するオーナーの状況が少しでも良くなるといいなぁ。

ということで、つづきはまた次回。
ではでは。

 
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