2014.08.27 Wednesday

R.I.P. Len Terry

 

Motor Press(モータープレス)
極個人的な自動車偏愛日記



昨晩、また悲しい知らせが入ってきました。
1950年代にロータスに入社。その後一旦席を外すも
再び1960年代からティーム・ロータスに加わり、数々のレーシングマシンを生み出した
デザイナー、レン・テリー氏がお亡くなりになりました。

photo:Kozo Fujiwara

写真は2012年にバーミンガムで開催されたオートスポーツ・インターナショナルでのショット。
アマルガムから発売された1/8スケールのロータス38/1の発表会に招待された時のテリー氏です。
ショーケースに入れられた38を愛おしげに見る表情が忘れられません。


© Ford Motor Company

レン・テリー氏は1950年代、後にロータス49、72などをデザインする
モーリス・フイリップと、ブライアン・ハートが製作していた
フォーミュラ・ジュニア“デルタ”のプロジェクトに参加します。

これを期にレーシングカー・デザイナーとしての道を歩み始めたテリー氏は
ホーンジーにあったロータス社に入社。

しかしチャップマンと衝突し退社すると、
ギルビーというコンストラクターに移籍してF1の開発に従事。
ギルビー解散後は、改めて1960年代の初頭にティーム・ロータスにデザイナーとして加入し
ロータス初のインディカー、タイプ29の開発を手がけることになります。

photo:Kozo Fujiwara

当時のロータスでは、コーリン・チャップマン以外の個人名が出る事は
稀でしたが、テリー氏はひきつづき成功作タイプ25をタイプ33に
ディベロップするプロジェクトを担当。

© Ford Motor Company

そして1965年、ロータスに初めてのインディ500優勝をもたらす
タイプ38を設計します。


66年にロータスから、ダン・ガーニー率いるAAR(オール・アメリカン・レーシング)に
ヘッドハンティングされたテリー氏は、AARの処女作となるイーグルT1F
(写真は67年型のT1G)を設計。

67年にはBRMへと移籍しP126を開発します。
その後、BMWのF2プロジェクトや、F5000マシン“レダ”(後のサーティースTS5)を設計する
など様々なプロジェクトを渡り歩きます。

そして76年に一時的にティーム・ロータスに復帰し、ロータス77の改良に従事。
77年には再びBRMでP207を設計しますが、いずれも成功作とはなりませんでした。

photo:Kozo Fujiwara

デザイナーを引退したのちは、悠々自適の生活を送っていたというテリー氏。
近年は様々なイベントに元気な姿をみせていました。

これは2010年にスネッタートンで開催されたロータス・フェスティバルでのワンシーン。
当時ロータスF1(現ケーターハム)のデザイナーを務めていたマイク・ガスコインと
談笑するテリー氏。その優しく穏やかな人柄は、誰からも慕われていました。

心よりご冥福をお祈りします。

なおレン・テリー氏の貴重なインタビュー(2012年のオートスポーツでのもの)が
下記にアップされています。是非ご覧下さい。



2014.08.22 Friday

シンガポールでアジア初のヒストリックF1レース!

 


Motor Press(モータープレス)
極個人的な自動車偏愛日記



こんにちは。
すでにAUTOSPORTS WEBなどでご存知の方も多いかと思いますが
この9月19日に開幕するF1 シンガポールGPのサポートレースとして
アジアで初めてヒストリックF1選手権が開催されることになりました!

photo:Kozo Fujiwara

これは昨年まで続いていたFIA HFO(ヒストリック・フォーミュラ・ワン)選手権に代わり
今年からFIA格式で開催されているFIAマスターズ・ヒストリック・フォーミュラワン選手権と、
1966年から1985年までの3リッターF1(NA)を対象とした
(無論クラス分けされていますが)ヒストリック・フォーミュラ・レースの
最高峰カテゴリーであります。


今回のシンガポール戦には、それぞれヨーロッパから10台、アメリカから10台
選び抜かれた、よりすぐりのF1マシン20台によるレースが行われるのですが
なんとそのうちの1台に、Classic Team Lotus Japanの久保田さんとロータス72Eの
コンビが選ばれたとのこと。さすが今年のモナコ・ウィナー。

無論久保田さんがこのシンガポール戦唯一の日本人……いやアジア人ドライバーであります。

photo:Kozo Fujiwara

ちなみに久保田さん、グッドウッド・リバイバルを走った翌週にシンガポールを走るのだとか。
もしかすると現役のドライバーより忙しいかもですね。

いずれにしろ、ぜひシンガポールでもモナコの再来を見せて欲しいですね。
シンガポールに観戦に行かれる方、しっかりと応援お願いします!


しかしながら、その一方で悔しいのは「アジア初のヒストリックF1開催」を
シンガポールに取られてしまった……という事実。
その歴史を考えると、本来なら鈴鹿(もしくは富士)でやるべきなのに!

うーん、こうなったらアジア初のヒストリック・グループC選手権を誘致するしかないですね。
日本のレース関係者の皆様、是非宜しくお願いします。
お客さん沢山入ると思うけどなぁ。

ではでは。


2014.08.12 Tuesday

ボブ・ダンスの缶バッジ

 


Motor Press(モータープレス)
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こんにちは。
先日、書棚をガサゴソ漁っていて見つけたDVD
『Millionaire: Colin Chapman』
以前、このモータープレスでも紹介したことがありますが
1968年のティーム・ロータスおよび、ロータスカーズ、そしてコーリン・チャップマンを
追ったBBC製作の貴重なドキュメント番組であります。


当時のロータスの内部から、チャップマンのプライベート(若き日のクライブも登場!)まで、非常に貴重なシーンがいっぱい詰まっているDVD。
中には、こんな若き日のボブ・ダンス(単独インタビューも入ってる!)と
チャップマンのツーショットまでありました。

ちなみにこの映像が撮影されているのは、1968年のルーアン。
そう、ジョー・シュレッサーとホンダRA302のアクシデントがあった、あの週末です。


今でも、クラシック・ティーム・ロータスのレジェンドとして
第一線で活躍している偉大なるボブ・ダンス。
昨年のグッドウッド・リバイバルでも、冷却水漏れを起したロータス25を
テキパキと指示しながら修理する姿には、痺れました。


そんなボブさんで思い出すのが、今年のモナコ・ヒストリックでのこと。
予選が終わった土曜の夜に、CTLの関係者が集まって
ボブさんの79回目の誕生日を祝う盛大なパーティーが開かれたのでした。

会場となったは、モナコのプール脇のコーナーの立ち上がりにあるバー。
我々が座っている場所は、まんまコース上だったりします(驚)。


そのボブ・ダンス79歳バースデイ・パーティーで
参加者に配られたのが、この缶バッジ。

ロータス79になぞらえてデザインされてるんですよ、洒落てるなー。
僕の大事な宝物であります。

ではでは。



2014.07.31 Thursday

今晩はJ SPORTSでモナコ・ヒストリック!

 
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こんにちは。
さて、いよいよ今夜 J SPORTS 3でモナコ・ヒストリックが
放送されます。まぁ、そのー、いろいろ言い訳をしたいことは山ほどありますが
不肖フジワラも末席を汚させていただいております。


なんてったって、日本人がモナコの頂点に立った記念すべき瞬間ですからね。
あの時の興奮をもう一度味わってください!!




■番組名

■ 放送予定
J SPORTS 3
7月31日(木曜日)23時30分〜24時
8月7日(木曜日) 22時30分〜23時

■出演
中島秀之(司会進行)
久保田克昭(Classic Team Lotus Japan代表)
藤原よしお

詳しくはJ SPORTS のHPをご覧下さい。
http://www.jsports.co.jp/program_guide/52093.html


2014.07.10 Thursday

J SPORTSでモナコ・ヒストリック放送決定!

 


Motor Press(モータープレス)
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こんにちは。
なんかもの凄く遠い昔のような気がしますが
さる5月9日〜11日にかけて開催されたモナコ・ヒストリックが
スポーツ専門チャンネル J SPORTSで放送されることが決定しました!!


■番組名
第9回 モナコ・ヒストリック・グランプリ

〜市外地レースの聖地で日本人ドライバーが快挙達成!〜

■出演
久保田克昭(Classic Team Lotus Japan代表)ほか

■ 放送予定
J SPORTS 3
7月31日(木曜日)23時30分〜24時
8月7日(木曜日) 22時30分〜23時

詳しくはJ SPORTS のHPをご覧下さい。


しかも、ちゃんと日本から撮影隊が現地にいって、
久保田さんのレースウイークに密着して製作した日本オリジナルの番組。
このように現場では車載カメラもつけて撮影していたので
きっと迫力ある映像が撮れてるはず! 楽しみ。


こんな風に決勝直前のインタビューもエムカフーナの田部さん自ら収録。


久保田さんの完全優勝に終わったセリエEの様子はもちろん、
波乱の展開となったセリエFの模様も見られると思います。

……そんな J SPORTSの放送なんですが
実は不肖フジワラも、ちょろっと、ホンのちょろっとだけ
番組内でパドックに集まったF1マシーンのレポートをさせていただいております。

その時のエピソードをひとつだけ。
あるピットの中で、ガッチガチになってカメラの前に立った時のこと。
田部さんからの3.....2.....1...... の合図を受けて、喋り出そうとしたその瞬間
ブゴッ、ブゴゴゴゴーーーーンッ!
と背後で、コヴェントリー・クライマックスV8のけたたましいエグゾーストノートが。

ドキッと驚いて振り返ると、
ギャハハハハー! と大声で笑っていたのは……。

photo:Kozo Fujiwara

この人たちでした(笑)。
ホントに見事なタイミングだったな。

でもからかわれて、ちょっと嬉しかったり(笑)。

ではでは。



2014.05.15 Thursday

モナコで12年ぶりの再会

 

Motor Press(モータープレス)
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こんにちは。
モナコの続きです。

僕がモナコ入りしたのは現地時間木曜の午後。
レーススケジュールは金曜からのスタートですが、車輛搬入は水曜日となっているので
僕がパドックを訪れたときは、各陣営準備におおわらわ、という状況でした。


そこでまずはClassic Team Lotus のピットにご挨拶。
久保田さんのロータス72E/6の横に止まっていたのは、1967年のオランダGPで
ジム・クラークがコスワースDFVに記念すべきデビューウィンをもたらした
ロータス49/R2そのもの!

おおー良い物見た! と思いきや、せっせとフロントホイールを磨いていた
メカニックが振り返ると……。

おおおおおーーーーーーーーー、ニックさんじゃありませんか!


ニックさん……といっても、このモータープレスでお馴染み
ロータス25のオーナーであり、CTLのエースのひとりでもあるニック・フェネルさんではなく、
こちらの方のお名前はニック・アダムスさん。

ニックさんの本業はロータス・エンジニアリングのエンジニアで
エリーゼS2の開発主査を務めたほか、あの2イレブンの生みの親でもあるという
ホントにかなりスゴい人。


僕がニックさんと逢ったのは、今から12年前のこと。
ロータス・エランの取材のために初めて英国に行ったときに、
ヘセルのロータス本社で出会ったのが最初でした。

そんなニックさんは、5歳の時にお父さんに連れてってもらったブランズハッチで
クラークの乗るコーティナの走りに刺激を受け、大人になったらロータスに行く!
という決意を固めてロータス入りしたという生粋のロータス人。

ご自身でも、学生の頃に買ったエランS4とエラン・レーシングを
持っているというエンスージァストでもありました。
しかもなんと驚くことに、カー・マガジン誌と Bowさんの大ファン。
ということで、わざわざ忙しい時間を空けて我々の到着を待っていてくださり
ヘセルのあちこちを案内してくれたうえに、ご自宅のガレージまで取材させていただいたのです。
(これは当時の掲載誌。カー・マガジン288号 ネコ・パブリッシング刊)


以来、何度かメールのやり取りはしていたのだけれど
全く逢う機会がなく、12年もの月日が流れてしまったのでありました。

普段から、様々な機会にClassic Team Lotus のヘルパーとしても活動しているニックさん。
今回は久保田さんの72のサポートを担当してくれました。これは心強い。

photo:Kozo Fujiwara

ちなみに長年エランでレース活動をしていたニックさんは、10年ほど前にこの23Bを購入。
2011年のグッドウッド・リバイバルに出場したときの様子は、このモータープレスでも
ちょろっと紹介させていただきました。

Photo:Katsu Kubota

そうした腕と知識と経験を買われて、CTLのレースカーのテストもするというニックさん。
先日久保田さんが英国CTLを訪れたときも、モナコでダン・コリンズが乗った
ロータス21のテストをしていたらしいです。


今回の久保田さんのモナコ・ウィンの裏には、こうした人たちの
献身的な支えがあったのですね。
ゴール直後に久保田さんに駆け寄るニックさんの嬉しそうな表情と言ったら!

そう、ロータスって本来こういう人たちが集まる会社だったんですよ。
今度新しいCEOが就任して再出発することとなった新生ロータスも
いい意味でエンスージァスティックな会社になるといいなぁ。

ではでは。



2014.05.12 Monday

史上初、モナコを日本人が制した日

 


Motor Press(モータープレス)
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おはようございます。
モナコはいま朝の8時。

昨日は本当に特別な1日となりました。


午後3時5分。
1966年から72年までのF1マシーンによって競われるセリエEがスタートしました。


ポールポジションはもちろん、前日の予選で圧倒的な速さを見せつけた
Katsu 久保田の乗るロータス72E/6。
日本人がモナコのポールポジションにつけるのは、もちろん史上初の出来事。
もうこれだけでも夢のような光景。
本国CTLのスタッフを含め、全員に独特の緊張感が走ります。


そしてスタート。
クリーンなダッシュをみせた久保田72は、ライバルであるマイケル・ライオンズの
サーティースTS9を押さえ、オープニングラップをトップで立ち上がってきました。
その後もライオンズをしっかり抑えた久保田72。
「ヘアピンは無理をしても意味ないのでゆっくり走っていたから唯一追いつかれたけど
 他の高速コーナーでは彼が追いついてこないから、大丈夫だと思った」
とはレース後の久保田さんの弁。

その後エンジンに不調をきたしたライオンズのサーティースが後退。
代わってロバート・ホールのマトラMS120Bが追い上げてきました。


「ピットサインを見ながら、5秒のギャップになったらプッシュして
 ギャップを8秒稼いだらペースダウンすることを繰り返した」
というように、冷静なレース展開をした久保田72。

後半ホールのマトラに代わって、このクラスをずっと連覇している強豪
ダンカン・デイトンのブラバムBT33が、ものすごい追い上げをみせて攻めて来ましたが
17周目にホームストレートで起こったクラッシュによりレース終了。

見事に、日本人として初めてモナコGPを制するという快挙を成し遂げたのです!


そしてロイヤルボックスでの表彰式。
初めてモナコを見に来たときに「いつかこのポディウムに日の丸を揚げたい!」
として始まった久保田さんのヒストリックF1挑戦は、素晴らしい形で成就しました。

さすがにモナコの空に君が代が流れた瞬間は、ボロボロと涙が出ました。
それは僕ら日本人だけでなく、苦楽を共にしてきたCTLのメンバーも一緒。
本当にすばらしい表彰式でした。


久保田さん、本当におめでとうございました!!
男の子の夢を叶えた瞬間に立ち会えて、幸せです。

そして天国の西田さん見てましたか?
やりましたよ、ついに!!

ではでは。



2014.05.11 Sunday

GRAND PRIX DE MONACO HISTORIQUE 2014 その2

 

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おはようございます。
もうヘロヘロなので、本日土曜最大のトピックを。


なんと本日行われたモナコGPヒストリックの予選において
1966年から72年までのF1で競われるセリエEのポールポジションを
CTL Japanの久保田克昭さんが獲得しました!


このモナコの地で、日本人がP.P.を獲得するのはこれが初めて。
しかも、れっきとしたFIA選手権ですからね!
素晴らしい、おめでとうございます!


そしてもうひとつ。
偉大なるボブ・ダンス、79回目のお誕生日おめでとう!

ではでは。



2014.03.12 Wednesday

R.I.P. Graham Warner

 


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こんにちは。

先日、フェイスブックでロータス研究家の大塚さんの書き込みを見て知ったのですが
ロンドンのカーディーラー「チェッカードフラッグ」のオーナーで
ロータス26Rの生みの親として知られる、グラハム・ワーナーが亡くなったそうです。享年85。

カー・マガジン272号(ネコ・パブリッシング刊) 執筆:吉田拓生/撮影:田中秀宣

グラハム・ワーナーと聞いて思い出すのが、今から14年前(!)
2000年の年末に発売されたカー・マガジン272号(ネコ・パブリッシング刊)で
特集された、『グラハム・ワーナー 26Rを造った男』。

現在モータージャーナリストとして活躍中の吉田拓生氏が編集部在籍中に
企画、執筆した記事なのですが、おそらくこれがワーナーに関して
日本語で読むことができる、唯一の記事かもしれません。

吉田氏自ら英国のワーナーの元を訪れ、彼が保存していた当時の貴重な写真とともに
振り返る伝説の"LOV 1"誕生秘話、そしてその最期は、今読み返してみても
素晴らしい内容となっています。必読。


もし書棚に残っていたら、もう一度見返してみてください。
お持ちでなかったら、ネットオークションを駆使してでも手に入れるべき1冊です。

LOTUS A competition survey of the sports,GT and touring cars  (Chris Harvey著 より)

ロータス・エンスーの皆さんにとってはミミタコかもしれませんが
" LOV 1 "というのは、ワーナーが歴代のレースカーにつけていた伝説のレジストレーションのこと。

そもそもは彼が手に入れた中古のアームストロング・シドレーに
ついていたナンバーだったそうですが
「ラブワン」という響きが気に入ったワーナーは、そのナンバーをエリートに引き継ぎ
レースに参戦。様々なレースで数多くの勝利を記録することになります。

エリートで成功したワーナーは、その後継車として赤いエラン1600を購入。
そもそもレースを想定して設計されていなかったエランのレース仕様の開発を
コーリン・チャップマンに依頼され、独自のチューニングメニュー
(フレームからエンジンに至るまでほぼ全て)を施します。
こうして出来上がった赤いエランをベースに開発されたのが
エランのコンペティション・バージョン、26Rでした。

LOTUS A competition survey of the sports,GT and touring cars  (Chris Harvey著 より)

ワーナーはその後、ロータスから2台の26Rを購入。
うち1台には栄光の" LOV 1"が受け継がれ、ジャッキー・スチュアートらのドライブで
イアン・ウォーカー26Rなどと熾烈な争いを繰り広げたのは有名な話ですね。

ちなみに" LOV 1"はその後、ワーナーの所有したACコブラや
ランチア・ストラトス(!)に引き継がれ、サーキットやラリーで活躍を続けますが
1984年にチェッカードフラッグが彼の手を離れた際に
一緒に手放されてしまいました。

LOTUS A competition survey of the sports,GT and touring cars  (Chris Harvey著)

なにはともあれ、ロータス・エランを語る上では
決して忘れることのできないレジェンドが鬼籍に入ってしまったのは悲しい限り。
改めて偉大なるレース師、グラハム・ワーナーのご冥福をお祈りします。



2014.03.07 Friday

R.I.P. Peter Kirwan-Taylor

 

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こんばんは。
創業間もないロータス・カーズの顧客のひとりで
後年ロータス社の経営部門取締役を務めた
ピーター・カーワン・テイラーが亡くなりました。


カーワン・テイラーといえば、ロータス・エリートの生みの親とも言うべき人物。
マーク6に独自のスペシャルボディを被せてレースに参戦していた彼が、
新しく出たイレブンにクーペ風のボディを載せられないか? と
2枚のスケッチをもってチャップマンに相談を持ちかけたのが、すべての始まりでした。

そのスケッチにインスピレーションを受けたチャップマンは
自身の夢のひとつだった、高性能で高級なGT=エリートの開発に取りかかるのです。

ここに掲載するのは、そのカーワン・テイラーが最初に書いたといわれるスケッチです。


「カーワン・テイラーは素人だから、リアの造形が複雑過ぎてね、FRPで作るのは
 不可能だった。そこでジョン・フレイリングがデザインし直したんだ」

といって、この貴重なスケッチのコピーをくれたのは、
ロータス・エランの生みの親である、デザイナーのロン・ヒックマン。
「ピーターは元気だから、また話を聞きに行くがいいよ」
と言われて、いつでも会いに行ける気になっていましたが、
気付けば、もうあれから12年。ヒックマンも数年前に鬼籍に入ってしまいました。

改めてロータス史を彩ったレジェンドのご冥福をお祈りします。



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